おっ、急に寒くなったなあ。風が強くて暗い日。秋がやってくる気配だな。朝方まで原稿の手直しをして入稿後、睡眠。昼に起きて、買出し、雑用などなど。夏、日本に一時帰国していた友達がパリにだんだん戻ってきて電話などがかかってくる。夕方、1時間くらい昼寝をしたらすごくへんてこな夢を見る。私が馬に乗って小さなお堀を越えたりする障害競技をやっている。私の乗っている馬が根性なしで、すぐに「えーん」と泣く。「どうしたの?」と聞くと、「馬夫くんがいないとダメ〜」と言う。「馬夫って誰?」と振り返ると後ろから「ごめんごめん」とかいいながら、二足歩行の別の馬が追いかけてくる。私と馬夫で根性なしの馬のおしりを(お堀に落ちている)後ろから持ち上げてやったりして助けている。…一体、何を暗示している夢なんですか?これ。全国のユング派精神分析家の方々、回答待ってます。夜、France2チャンネルで2001年におきたアメリカの同時多発テロを、実行犯のテログループ側から描いた映画をやっていて、とても興味深く見た。あの日、パイロットとして飛行機に乗り込んだ主人公のジアット・ジャラー青年が、イスラム原理主義(*)に傾倒してゆく過程がこと細かく描かれている。印象的だったのが、彼があのテロの本格的な準備期間に入る前は、酒もたばこも絶ち、言動もガチガチのムスリムだったのが、パイロットとして選ばれ、フロリダのパイロット養成学校で訓練を受けている最中のみ、酒を飲み、彼女と共に残された人生を謳歌している(ように見せかけていただけかもしれないが)シーン。そのとき、本当は何を考えていたのだろう?と思う。私ならば、このまま自分だけのために快楽へ突っ走ってしまいそうだけど、やはり彼の体の中の時限爆弾のスイッチは、すでに入ってしまってたのだろうか。そして、あの朝、彼が仲間と共にジハード(聖戦)へと向かっていく顔は、悟りを開いたようにおだやかだったこと。この映画がどこまで真実を描いているのかはわからないけれど、かなり、事実をフラットに描いていたように思う。なんだかんだ言ってアメリカ寄りの日本では放映できないものかもしれない。誰が悪いとかいうことよりも、歴史がこうゆう事実を刻んでしまったことのみが猛烈に悲しく、民族愛の深さが悲劇や復讐を呼ぶ人間そのものについて考えずにはいられなかった。その後、溜まっていた経理仕事を黙々とやる。マネージャーのヨケさんと仕事の確認電話。時差って面倒だねー。あっ、と気がつくと朝の6時。
(*)イスラム原理主義は、イスラム的な政治・国家・社会のあり方の実現を目指すイスラム主義運動や、ムスリム(イスラム教徒)の宗教的・政治的な急進主義派、過激派を漠然と指す、非イスラム教徒による呼称である。一般にイスラム原理主義として理解されている運動は、コーラン(クルアーン)の無謬を信じて厳密に字義どおり解釈し、預言者ムハンマドの時代のイスラム共同体を復興させようとするものである。ムスリム自身は、このような運動をイスラム復興運動と呼ぶ例が多く、イスラム研究者も分析概念として用いることは少ない。出典: フリー百科事典『ウィキペディア (Wikipedia) 』より