バウムクーヘンレコーズ  渦を巻く徒然なる日々の記述 

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09.06.20(晴れ)

こちらが今夜の晩餐。もちよりとはいえ、この豪華さ!さすが、おいしいもの好きの集まり。★

本日、高尾の山奥に住む、ネイチャーアーティスト・長野修平さん、グラフィックデザイナー・ズチヨさんこと深雪さんの住む古民家にゴールドメンバーと私たちが呼ぶ、家族同然の親しい仲間たちとお泊まりデー。残念ながら、修平さんは北海道に出張中。Oも仕事が休めず欠席。わりとこじんまりとした人数の会となりそう。普段は料理のプロでもある修平さんが振舞う手料理がひとつの目玉なのだが、今日は小さな娘を2人抱えるズチヨさんに負担をかけてはいけないと、料理はみな、もちよることになった。私は昼過ぎから煮込みハンバーグといちごジャム入りのパウンドケーキを持参。伝説の元マネージャー・くにっぺこと村中邦江とともに、電車とバスを乗りついで夕方ごろ長野家に到着。いやー、しかしいつ来ても、もののけ姫が出てきそうなすごい大自然だ。時々、猛烈に東京都内から抜け出して、ここに来たいと思う。ここには何もない。そして本来あるべきものすべてがあると思う。初めて長野家に泊まった日の夜のことは、今でも忘れられない。家のすぐ横の渓谷を流れる川の勢い、木々の息吹、鳥や動物たちの鳴き声。全ての命が濃厚すぎて、一睡もできなかった。それは眩暈のするような体験だった。今は、その中にすこんと入ることができるようになったと思う。自分もここへくれば、ただの動物と化す。まあ、都内にいてもちょっとしたきっかけで動物じみるので、動物に戻る素質はもともとあったというかなんというか。遅れてやってきた修平さんの兄、コーペー・カップルも交えて楽しい夕食会。いつものごとく、コーヒーを飲みながら明け方まで話し込んだ。朝、ホトトギスが見事に啼いているのを聞きながら、眠りに落ちた。すごいな、ホトトギス。君の歌っている音階、そのまま楽譜にしたいよ…君なら音大の声楽科、どこでも一発合格だ…むにゃむにゃむにゃ。


09.06.19(晴れ)

こちらが新しいお店、その名もアンスピラシオン(ひらめき)。さすがハイセンス!★

こちら、TOSAKANMURI FOODSのお料理のごく一部。とうもろこしの入ったキッシュのおいしいことおいしいこと。★

左から平澤まりこさん、私、オーナーの谷あきらさん。谷さん、普通にしてたら男前なのに・・・(笑)★

夕方まで、家でじみじみお仕事。夕方、オルネ ド フォイユの3番目の姉妹店アンスピラシオンのオープニングパーティーへ行く。住宅街の中にひっそりと佇む、素敵なお店。しかし、オーナーの谷さん、この不況をものともせず新装開店、さすがだなあ。久しぶりに会うスタッフの方々や、イラストレーターの平澤まりこさん、そして終わり頃にかけつけた雅姫さんや、Lee編集長の田中さんなど、楽しい面々と楽しい時間を過させて頂いた。ところで、今日のパーティーは、フードクリエイターでTOSAKANMURI FOODSというケータリングをひとりで企画してらっしゃる、三田真由のおいしいお料理がずらりと並び、食い意地の張っている私は、遠慮もなくたくさん頂いてしまいました。三田さん、ご馳走様でした。(ものすごく美味しい!)ところで、7月31日(金)19:00から、こちらのアンスピラシオンにて、ひさしぶりのアコースティックライブが決定。定番となりつつあるライブ菓子は、ここで出会ったのがご縁でもちろんTOSAKANMURI FOODS。今年の夏は、この他にもバンドライブを企画中。詳細とチケット予約は近日発表!ぜひぜひ皆さん、たくさんのお越しをお待ちしています。


09.06.18(くもり)

今夜のメニューはにゃにー?ピキはどこへでもぴこぴこついてまわります。★

本日、Oの仕事代行で終日外にて仕事。夜、へとへとぎみで家に帰る。もう何も食べずに寝てしまおうかと思うが、食は生きる基本だぞ、ときのこの和風パスタとトマトサラダをきちんと作り、きちんと食べる。ピキが「なにおいしそうなもの食べるにゃ?」といつものごとくやってくる。家に私だけしかいないとき、ピキはいつも私の後をくっついて移動する。仕事部屋にいれば、仕事部屋のカウチソファーでくつろぎ、ごはんを食べるためにリビングへ移動すれば、一緒になってリビングへ。トイレに行けばトイレ…と、どこまでも後をついてくる。その様子はまるで甘えん坊の子供のよう。しかし実年齢はもうかなりのおばあちゃんなのだよなあ。ところで、猫も歳を取るとシワができるのかしら?毛につつまれていると、シワもシミも気にならなくて便利だな。人間も、猫みたいに各個体別にしましまとか、白黒なんて毛が生えていたら、美の基準も相当変わっていたのだろうな。それはそれなりに化粧品文化もできただろうか?全身脱毛が今よりもっと流行ったりして。服はどうだ?なんて、猫を見ているとどんどこ妄想が膨らんで飽きないニャー。


09.06.17(晴れ)

ふー。原稿は結局朝までかかりました。仕事をしていると、ピキがひざの上にちょこんと手をかけて、眠ってしまうのが胸苦しいほど愛らしい。★

ピキの尻尾はこれだけです。ちょこりん。★

天然生活で連載しているシネマネコの原稿締め切りデーにて、朝から候補の映画をノート片手にじみじみと見まくる。かれこれもう2年ほど続いているこの連載。ただ、映画を紹介するだけでなく、毎回1つのテーマをもうけた上で、新旧和洋問わず2つの映画を選び、比較するというなかなか他では見ない面白い連載だと思っている。ただ、映画を観ましょうね、この映画はいいですよ、ということではなくて、日常の中に巻き起こる悩みだとか、生き方の指南書として、こんな映画の見方はどうですか?というのが核になっている。毎回、映画選びには苦労するが、今回は特に大変だった。というのも、テーマが‘女の子の友情物語’だったため。このテーマの映画は数多く存在するのだが、設定が日常とかけ離れていたり、うすっぺらいものが多く、名作と呼んでいいものが少ない。ここからわかることは、男の友情に比べて女の友情というものは、成立しにくいってことか?いや、女の身としては激しくかぶりを振りたいところなのだけど、実際、結婚などで環境の変化に対応可能な女性性というものは、今この瞬間を生きる一匹狼的な資質が多分にある。だから、そこを真正面から描くのは、なかなか難しいってことなんだろう。しかし、今回選んだ二作品は、どちらもなかなか素晴らしい。天然生活7月20日売り号にて、こうご期待!


09.06.16(くもり)

昼過ぎ、東銀座の松竹試写室にて、ルイ・マルの名作‘地下鉄のザジ’完全修復ニュープリント版を見に行く。ちなみにこの作品、これまでにも何度も見ているのだが、なぜか毎回、見終わった後、はっきりとした映像を頭の中で結ぶことができない。各場面の映像が懲りすぎていて、あんまりにも夢のように幻すぎて、しかもその幻の情報量が凄まじくたくさんで、脳の真ん中が痺れる。1960年制作の一見かわいいパリ映画だが、そのするどい社会風刺をカラフルな綿飴(しびれ薬入り)でくるんで、見るものにどんどん食べてさせてしまう力は、とてつもなく素晴らしくて、少しそら恐ろしい。ところで、フランス映画のいいところは、子供をただかわいいだけの存在として扱わないところ。これは、日常の価値観からきているものだと思うが、子供とて、立派なひとりの個人であり、歳相応にかわいいときもあれば、大人顔負けの小憎らしいときもある。そして、子供の視線はときとして、不完全な大人の世界を鋭くぶった切るナイフにもなる。すきっ歯のザジが、一見楽しくパリ観光をしているかと思いきや、サジのママンは彼女をほったらかしにして、男と恋三昧…なんて、ふと現実を垣間見せるシーンもリアルでフランス的。9月、新宿武蔵野館をかわぎりに、全国ロードショー。この機会にぜひ、めくるめく脳内旅行へ、いざ。
http://www.zaziefilms.com/zazie/


09.06.15(くもり)

結局夕べ、なっつんとヘルツォーク祭りを朝5時までやってしまい、その後2時間ほど寝て、朝から打ち合わせに出かける。そのまま夜まで、外巡り。さすがに疲労困憊にて帰宅後、ご飯を食べる力もなく爆睡。


09.06.14(晴れ)

日中、家事仕事と自分仕事にいそしむ日曜日。夜、映像作家のなっつんこと夏目現くんが家にやってきて、仕事の打ち合わせプラス、ニュージャーマンシネマの鬼才、ヴェルナー・ヘルツォークの日本未公開DVDの上映会をする。ヘルツォークは名だたる世界の巨匠たちも敬愛を惜しまない、映画監督中の監督で、なっつんも私も大ファン。今日は‘RESCUE DAWN−戦場からの脱出’を見る。ベトナム戦争が激化する直前、アメリカ軍のラオス侵攻の命を受けたある空軍パイロットが、戦闘中に墜落し、敵の捕虜になって救出されるまでを実話を元に描いたもの。しかしヘルツォークが戦争映画をどう撮るのか興味津々だったのだが、見始めてすぐに「これは戦争映画ではない。」と思った。実際、本編を見た後に続けざまに見た制作ノート・フィルムでも、ヘルツォークは同じことを言っている。過酷な状況下で楽観さを失わない主人公のキャラクター、そして人間がもっている底力のようなものをヘルツォークは撮りたかった。ところでヘルツォークといえば、徹底した野外ロケハン力と撮影力が桁外れにすごい人だが、この作品でも1982年作品「フィツカラルド」を彷彿とさせるような、圧倒的に美しい大自然の借景を見事に使っていた。しかし、彼と仕事をするのは命がけであろうといつも思う。この映画も、あまりの過酷な撮影に、途中スタッフの半分が辞めてしまい、残ったスタッフとキャストたちで撮り終えたという。その内容たるや、スタントなぞ使うわけもない、監督自らカメラと流されながら撮った川の激流シーンや、捕虜にされた主人公が蛆虫を実際に食べるシーンなど、映画を軽く越えたリアリティなのだ。しかし、ただエゴが強いそこらそんじょの監督とはわけが違う。蛆虫のシーンでは、まず監督自らが食べてみせ「ね?大丈夫でしょ。」と示す。その姿からは、動物界の鬼才、ムツゴロウさんを思い起こさせる。本来下っ端の助監督の仕事であるカチンコを自ら切り、とにかくものすごいテンションでなんでもやっちゃうヘルツォーク。そして、驚愕なのはほぼすべてのシーンを2テイクで撮っているという早撮り。「何テイクも撮れないことで、役者は命がけになって力を最も発揮する。」たしかに…しかし、まさに命がけ。すべてを見終わった後、「ねえ、なっつん。もしもヘルツォークが‘君と仕事がしたいんだ。でも命の保障はないよ。’と言われたらどうする?」とたずねると「うーん…それでもやっぱりオッケーするだろうな。」そうだよねえ。そういえばその昔、やはりヘルツォーク・ファンのカヒミちゃんが「ねえねえ、私とエミちゃんでヘルツォークのところに押しかけて、なんでもやるから映画に出してくださいって頼んでみようか?」と話したことがあった。やはりそのときも、半死にしてもぼろぼろになっても、ヘルツォークが撮ってくれるならなんでもやる!というのがふたりの最終意見だった。まあ、ヘルツォークはそうゆう人です。アマゾンでDVDが入手できるので、彼の世界をまだ未体験の方は、ぜひ。人生の何かが変わります。


09.06.13(晴れ)

冷製パスタは私の夏の定番。野菜&ツナでも鶏肉でも生ハムでもいける。★

こうゆう味のあるお店が静かに軒を連ねるのが人形町。★

本日、ひたすら家仕事デー。Oが実家のある群馬へ数日帰省して有機野菜をたんまり買い込んできてくれたので、お昼ごはんは、ナスとトマトの冷たいパスタを食べる。こうゆう冷たいメニューがおいしい季節になってきたなあ。ところで、夏になるとかかせないハーブが我が家には二種類。バジルとシソである。去年、Oがとてもお世話になっている会社社長さんからバジルとシソの鉢を頂いてからというもの、とんでもなく食卓が豊かになった。それで、今年は自分たちで育ててみようと思っていたら、その社長さんがわざわざ苗を買ってきてくださり、根がきちんとはるまでご自分で育てたものをくださったのだ。肉厚で香りの強いバジル、そしてもちろん無農薬で安心して食べられるシソ。パスタによし、サラダによし、野菜の煮込み料理によし、うどんによし、納豆によし、揚げ物によし…挙げたらきりがない。感謝感謝である。夕方、仕事の手を休めて人形町にお肉の買出しへ。夏の匂いがほんのちょっと漂いはじめた下町の空気。ああ、やっぱり私はこの界隈が好きだなと思う。


09.06.12(晴れ)

会場へ向かう途中にきれいに咲いた紫陽花を見つけました。いや、本当にきれいだなあ。★

こちらのメーカーのドラ焼き機はかなり優秀でした。しかし、こうゆう何かを作っているところって、それが人でも機械でもものすごく見ていて飽きないなあ。★

ドラえもん人形焼。最初に食べたのは、なぜかスネオでした。★

本日、業務用厨房機器をあつめた大規模な展示会取材のため、お台場ビックサイトへ行く。取材、とはいえ私が厨房機器について何か論評を書くというわけでなく、限りなく個人的な好奇心や知識のために出かけた。そして、予想通り非常に面白かった。何が面白かったのかというと、いわゆる●●マシーンとか、●●ロボットといった、人の手になりかわる機械が、案外ヒューマンでお間抜けなものもたくさんあるところが。理数系、工業系からはるか1万光年ほどもかけ離れた私の人生において、今までナンチャラ機械と名のつくものは、何かこうとてつもなく完成されたすごいものだというイメージがあった。ところが、意味不明なほどゆっくり進むベルトコンベアつきのお菓子製造機械だの、これ、人が手でやった方が絶対早いだろうと思われるクリーム充填機だのがたくさんあって、しかも何百万円もしたりして、こうゆうものを真剣に作っちゃう人間ってやっぱり面白いなあと思わずにはいられない。もちろん、すごい機械もたくさんあって、たとえば限りなく職人の手で握ったのに近いお寿司のシャリロボットとか、センサーで感知したダメなお米を瞬時にエアーガンで吹き飛ばし、選別する機械とか。けれど、どうも私が心惹かれるのは、そっちの方じゃなくて、なんかこう存在意味を思わず問いかけてしまいたくなるような、愛らしい間抜けさのあるものだ。そして、そうゆう変わった機械を作っている会社の社長さんが、これまた大抵愛らしくてキャラがたっているところも面白かった。とある機器メーカーの社長さんが、自社で作っている機械を使ったドラえもん人形焼をお土産にくれたので、さっそく夜のお茶請けに食べてみた。あらー!しずかちゃん、スネオ、ジャイアンなんかもいるよ。思わずサブキャラばかりを次々と食べる私。


09.06.11(晴れ)

本日、外仕事。仕事で会った若い女の子がとてもいい。彼女は決して器用ではなく、仕事のスピードも遅い。それを本人もよくわかっている。しかし、彼女の不器用さは、そのまま謙虚で初心を忘れない仕事スタイルへとつながっていて、出来上がってくるものも、丁寧でとても美しい。方や、器用貧乏の私は、何かとスピードは速いものの、得てして雑になりがちで、粗相も多い。なんでもぱっぱかできることだけが仕事ができるのとは違う。彼女のゆっくりさは、一見タイムロスに見えがちだが、やり直しの少ない確実さを併せ持っている。「私、とろいんですよね。自分でもわかっているんです。がんばります。」という彼女の横顔に、西日が差した。ああ、美しいなと思う。その、きちんと自分が見えている姿と心もちがきらきら光っている。そうゆう風景を見せてもらえたいい日だった。


09.06.10(くもり)

この方も、子供の頃はとても病気がちでしたが、今は元気いっぱいの老猫です!(もう13歳。やだー、私が死ぬまで生きててー)ちなみに手前のかわいいアレッシイ風えさ皿は、パリの動物病院でもらったもの。ワクチンの製薬会社が作ったナイスなお皿です。(本当は仔猫用)★

本日、主治医による定期健診日。去年の夏、子宮筋腫の手術をして、その後の経過は良好だけれど、やっぱり体を開くということは、尋常でないことだと術後、しみじみわかった。先生が、「できれば体は切り開かないに越したことはない。」と言ったその言葉の意味が、切り開いた後、やっとわかった。手術前、体に対して良くも悪くも無頓着な私は、何を言っているのだろう?手術して悪いところを取ってしまう方が元気になるに決まっている。と、ものすごく単純に考えていたのだ。実際、悪いところは取り除かれ、元気になった。なったが、手術前の体を100だとすれば、二度と100には戻らないことがわかったのだ。これは、年齢的な再生の力にも大きく関係するし、個体差もあるだろうが、少なくとも私は自分の体に対して、現在そう感じる。別段どこがどうと具体的な不具合があるわけでもない。多少、切った傷の周囲は、まだ感覚が完全には戻らない。けれどそれは、大したことではない。問題は、言葉にしづらい生命力みたいなものが、減ったなと感じるところ。だから、なるべく体を切り込むような病気になる前に食い止めるのがベストなのだろうと思う。まあ、子宮筋腫に関しては、個人が前もって意識的にできることが少ないから致し方ない、と思うところが大きいのだが。しかし、100に戻らぬ体になって得たことも大きかった。それが今後、私という人間が、私という命を永らえさせる智恵に変わるのじゃないかと期待している。


09.06.09(くもり)

今日も朝からかたかたと仕事を進める。夜、ドゥ・マゴ文学賞事務局の藤江さんと、吉祥寺のバウスシアターで開催中の爆音映画祭2009へ出かける。爆音映画祭とは、通常の映画用の音響セッティングではなく、音楽ライブ用の音響セッティングをフルに使い、ボリュームも最大限に上げた大音響の中で映画を観るという試みの映画祭。そうゆうわけで、ただ音がでかいのではなく、作品が最も生きる音量、音質で映画が楽しめる大変有意義な企画だ。今日の上映作品は、マシュー・バーニー監督・脚本、パートナーのビヨークが音楽を担当した‘拘束のドローイング9’。現代のアメリカンコンテンポラリーアートの代名詞的な存在であるマシュー・バーニー。けれど、私は彼のことをよく知らず、展覧会へも行ったことがなかったので、この機会にぜひ、彼の世界観を覗いてみたいと思った。物語は、日本の工業地帯と海のある街から始まる。物語が、始まる。とはいえ、厳密にはストーリーのきちんとした映画ではなく、あくまでアートフィルムの中に、イメージを連ねてゆくために筋書きがある、という趣。バーニー扮する男とビヨーク扮する女が、捕鯨船の中で婚礼を挙げるというのが、大まかな筋書きなのだけど、映画を観るときとはまるで違う原始的な懐かしさや、生理的な欲望をじくじくと執拗に刺激される。形式美が極まるところまで極まって、本来の意味を失ってしまいそうになるところを寸でのところで繋ぎとめるのが日本の美学だと常々思うが、バーニーもそこへ固執したように見える。そこへ、捕鯨という日本の野蛮さと、狩猟という西洋の野蛮さを対峙させ、政治的ではなく生き物として生理的なレベルでの対比も試みている。そして、男と女の愛の形について。互いを切りつけあう気味の悪いシーンは、実は大して怖くも痛くもない。作り物感満載の体をそぎあう男と女は、それ自体が茶番であり、そうやって消耗しあって形を変えてゆく愛の世界観が見てとれる。非常に面白くて、見終わった直後から時間が経つほどに、取り込まれたイメージが精神の深いところに降りて広がって行くのを感じた。しかし、彼女とはいえビヨークも、こんな撮影に付き合うのは難儀だなあ、と俗なことをやっぱり考えずにはいられないんですけど。でも、やっぱものすごく好きだな!DVD買っちゃおうかなあ…。


09.06.08(くもり)

マリメッコ。かわいくって欲しいものが満載!いやあ、お金持ちになってほいほいお買い物したいって単純に思います。★

どんより曇った月曜日。何かに駆られるように朝から仕事へ向かう。昼一番、渋谷の試写室で映画を一本鑑賞後、打ち合わせのために原宿へ。打ち合わせ後、半蔵門線で帰ろうと思って表参道を歩いていたら、マリメッコのお店を見つけて、ぶらり入ってみる。予想通り、何もかもかわいい!世界には民族のカラーによって様々なかわいさがあるけれど、北欧のものってなにかこう、とても善良でほのぼのする品の良さがあるなあと思う。地下の布地コーナーへゆくと、すぐさま買って帰りたくなるようなテキスタイルがずらり。残念ながらメーター4000円もする布地にはほいほい手がでないけれど、もしも部屋を模様替えしたら…という空想でしばし頭の中が乙女になれた。電車の中で、内田百間(ひゃっけい、本当は間の日のところが月)の「ノラや」の続きを読む。また泣けてきてしまい、どうしたものかと思う。ここのところ、猫を探して落胆する内田百間と心が共にある。時々、「大丈夫。私は猫沢エミで、今は2009年で、愛猫のピキは行方不明にならず家でのんびりしている。」と具体的に我に返る作業をせねば、この世界から戻れなくなってしまうほどに。


09.06.07(晴れ)

みなきちと、ゆりちゃん。本当に小母ちゃんとしてぜひ活躍したいわー、私!★

鶴岡八幡宮の花嫁行列。やっぱり和装はいいわ〜。とくに綿帽子は素敵。結婚という社会的なシステムに興味はないけれど、この美しく荘厳な日本の結婚式には正直憧れます。★

ひさしぶりに晴れて、夏のような空。昼過ぎ、鎌倉へ出かける。昨日、友だちのみなきちこと笠井美奈子ちゃんが、女の子を産んだ。彼女は私のパリの初期友達で、パリで知り合った笠井くんと結婚し、このたびめでたく初めての赤ちゃんが生まれた。ふたりの出会いの頃から知っているだけに、とても他人事ではなく、メールをもらい嬉しくて泣いてしまった。そんなわけで、さっそく赤ちゃんのお顔を拝見しようと鎌倉駅近くの病院へ駆けつけたのだ。赤ちゃんは昨日生まれたばかりとは思えない、しっかりした顔つきで、元気に泣いていた。初出産を終えたみなきちも至極元気だったけれど、長居してはいけないと思って1時間ほどいておいとました。本当におめでとう!みなきち、笠井くん。帰り、鶴岡八幡宮に詣でて、赤ちゃんのすこやかな成長を祈った。日曜日の今日は、境内で古来ゆかしい結婚式が行われていて、どこもかしこもめでたい雰囲気と、普遍的な幸せをおすそ分けしてもらったような気持ち。帰りの電車でウーン…と考える。結婚も出産もまだしていなくて、もしかしたらこの先もずっとしないかもしれない自分の女としての人生について。死ぬまでに間に合うことと、間に合わない選択事項について。


09.06.06(くもりと小雨)

mama!milkのおふたり。なーんか、お父さんとお母さんみたいな感じなのよネー。★

「ノラや」猫と本気で暮らすということは、心を半分、猫にもっていかれてしまうことなのだと思う。★

昼、打ち合わせのため普段ほとんど行かない五反田へ向かう。今度、京都在住のユニット、mama!milkさんと、某お仕事をご一緒することになった。月末には京都へ出向き、レコーディングが予定されている。今日はその打ち合わせ。とはいえ、mama!milkのコウスケさん、祐子さんカップルとはその昔、関西ライブツアーをご一緒したり、パリでのmama!milkライブにも何度か駆けつけて、とてもよいお付き合いを続けさせていただいている。京都と東京、もしくは京都とパリと、会いたくてもなかなか会えない私たちだが、なんつうのだろ?ものすごく正しく私のキャラクターを理解してくれるふたりなのだ。それで、いつも会うときはのびのびしていられる。五反田のホテルのロビーで待ち合わせをし、近所の韓国料理屋さんでお昼ごはん。いやあ、美味くて安くて良い店だった!打ち合わせを首尾よく終え、五反田の駅ビル内にある本屋さんへぶらり立ち寄る。猛烈に内田百間(ひゃっけい、本当は間の日のところが月)のエッセイが読みたくなったのだ。本でも映画でも音楽でも、「今!今なのよ!」というときがある。たとえば、家に帰ってアマゾンで注文すればいいや、ではだめなのだ。この‘今’は、猛烈にのどが渇いて、今水を飲まねば死んでしまうのと同じくらいの勢いの今、だ。餓鬼のごとく、うらうらと本屋へ入り、中にあった便利な検索機械であれこれ探してみると、数冊の在庫があった。同じタイトルでも出版社によって編集の仕方が異なったりする。全部買えたらどんなに幸せだろうと不況を恨みつつも、いくつか手にとって目次を見比べ、自分の一番求めるところを探して買ったのが、中公文庫の「ノラや」。百間が晩年、愛しぬいた二匹の飼い猫との日々を綴ったものだ。猫以外のエッセイも読みたかったのだけど、今日のmama!milkさんとの打ち合わせは猫にまつわるお仕事のものだったので、これは猫だろう、猫しかありえないだろう、私猫沢だし、と決めた。さっそく帰りの電車の中で読み始めた。ところが至極哀しい。哀しくて哀しくて、家で読んでいたならば、はばからず号泣なのだが、ここは公の場。どうにかこうにか涙を止めるのに心底苦労した。つかの間の幸せな日々の後、行方知れずになってしまった一匹目の愛猫ノラ。百間は、それこそ人目はばからず、めそめそめそめそ泣いてばかりいる。たくさんのチラシを作り、八方手を尽くしてノラの行方を追うのだ。その心労たるや、猫と暮らしたことのない方にはまるでぴんとこないかもしれない。パリ行きが決まった2002年、ピキを連れてゆくことを足踏みして、一度実家へ預けたとき、ピキが数日間失踪してしまったことがあった。あのときの不安と哀しみが痛いほど鮮やかに蘇り、精神が持ちきれなくなった。「う”っ」というおかしな声を上げて、本を閉じ、いちどきに読むのを断念。ノラや、ノラや、ピキや、ピキや。嗚呼、心が血まみれだ。


09.06.05(くもり)

ペコちゃんとぱちり。後ろのどでか写真もペコちゃんご本人です。★

伝統的な着物のたたみ方、着るための小物たち、そしてそれらが鎮座する佇まいそのものが、すでにひとつのアート。★

朝から外にてわたわたと仕事。夕方、着物作家のペコちゃんこと、高橋理子ちゃんの個展のヴェルニサージュへ。そぼ降る雨の中、原宿の地に降り立つ。‘t.r.a.n.s.f.o.r.m'と名づけられた個展は、着物を着るという行為や着付けの流れそのものがひとつのアートとして展示された新しい感覚のものだった。ペコちゃんと出会ったのは、かれこれ4,5年前。彼女が東京芸大の博士課程在学中、フランス外務省AFAAの招きでパリで活動していた頃だ。セーヌ川べりで私たちはよくピクニックという名の宴会を催していたわけなのだけど、あるとき私は、よっぱらったデジカメを失くしてしまった。次の日、ペコちゃんは棒切れを1本持って、私のデジカメがあるかもしれないと川さらいしてくれたのだった。ペコちゃんありがとう。でも、仮に見つかっても電気機器だからもうすでにお陀仏だよ…しかし、なんていいこなんだ。心からメルシー、と私は感謝した。なんて、ペコちゃんとは愛らしくアホな思い出が優先してしまうのだけど、実は(?)偉大なアーティストだ。2007年のミスユニバースに選ばれた森理世さんが着たきものはペコちゃん作だったなあ。ペコちゃん、これからも‘実は偉大’なアーティストをお互いなるべく目指してがんばろうね。しかし、今夜はワインをたくさんご馳走してくれてありがとう。なんだか私、ただ呑みにきた人みたいになっちゃった。


09.06.04(くもり)

隅田川のくらげたちを撮る。★

本文とは関係がありませんが、今夜のメニュー。絹ごし豆腐にわかめを載せて、粉末こんぶ出汁、塩、ごま油をかけたものがとにかく大好き。ここのところ、毎日食べてます。豆腐はしょうゆより断然塩の方がいいと思う。大豆の味がよくわかるから。★

午後、天然生活の担当編集者・八幡さんと新しく編集長に就任した古庄さんで打ち合わせ。場所は人形町の喫茶去・快生軒(きっさこ・かいせいけん)ここは、1919年(大正8年)8月8日創業の老舗喫茶店で、作家・向田邦子さんも生前お気に入りだった。東京都内で飲めるコーヒーの中で、最も私好みの味がする。そして、トーストはペリカンのパンで出される。ゆるくて、でもきちんとした絶妙の空気感と民芸調のインテリアも大好きだ。打ち合わせ後、八幡さんに人形町のよいお店をいくつか案内して、家に戻る。途中、隅田川を渡っていたら、なんやら川面がにぎやか。目をこらしてみると無数のくらげが浮いている。ああ、くらげの季節かあと思う。去年の今頃もたしか、くらげをこうして眺めていたなあ。どうもくらげが川にやってくる季節は、私もくらげになるらしい。くらげのように、透明に透けて実体が怪しくなる。ふわふわと浮いて流れて、不確かだ。くらげよくらげ、お前はいったいどこへ行く?


09.06.03(くもり)

猫って、多分一生の半分以上寝ていると思うのよね。しかも猫生は最長でも20数年ほど。うーむ…有意義な無駄時間の天才というべきか。★

本日も、昨日に引き続き同じような日。同じような日はいくらでもあるが、同じ日は二度とこないんだよなあといつも思う。ということは、同じ分も秒も二度とこない。一生は途中で死ななければ案外長いもので、人によって長さもまちまちだけど、秒は誰にでも平等に1秒だ。そのぴこ、ぴこ、という一瞬ですぎてしまう1秒が膨大に積み重なって人生が出来ているのも本当に不思議なものだと思う。だからといって、「1分1秒を無駄にはしないぞ!」と、いつもいつもこめかみに青筋たてて真剣にばかりなっているわけでもないのだけど、ぼへーとばかりしていても、やっぱりもったいないと思う。ちなみに、わりと1秒を無駄にしないぞ青筋たてがちになる私は、時間貧乏性だなあとも思う。動物占いでチーターだから仕方がないか…と思ってみたりもするが、猫が寝ている様をふと眺めて、有意義な無駄時間の仕方に気がつくことも多い。のんびりが、濃い時間の糧となる。そして、のんびりから新しいアイディアが生まれることもある。


09.06.02(晴れ)


外仕事と家仕事半々の日。ところで、我が家の通信機器等が相次いでお陀仏となった。スキャナー付のFAXはもうかなり前から壊れていて、修理費用を見積もってもらったら高額だったので、新しいものを買った方がいいかということになる。高速プリンターは、パリに行く前日、ピーーーーガガガという漫画のような音を立て、プツッ…と断末魔のおたけび後、あの世に旅立たれた。最後に彼が吐き出したのは、エールフランスのエレクトリック・チケット。これがなかったら私はパリに行けなかった。最後の力を振り絞って「今まで世話になったエミさんのエレクトリック・チケットぬおおお」と、出してくれたに違いない。さようなら、通信機器等。そして、新しい等たちと出会わねば…どうしよっかなあ。


09.06.01(くもり)

電動歯ブラシがこれだけ普及してきたなら、きっと換えブラシの値段も下がってゆくと思うんだよね…そう信じて、明日も生きてゆこう。★

あら、気がつけばもう6月ですか。そういえばこの間、誰かが言ってたな。もう今年も5ヶ月経っちゃって…オソロシイ!と。確かに恐ろしいほど時が過ぎるのは早い。本来はとっても早い時間の流れなんだろうけれど、どうも日本に帰ってからここ1ヶ月というもの、私にとっては永遠かと思われるほど時間の進みが遅く感じられる。それは、いくつか理由があるのだと思う。ひとつは、なんだかんだ言っても、毎度のパリが激しかったので、急に速度が落ちたように感じること。そして、久しぶりの梅雨。とはいえ、東京はまだ梅雨入りしていないんだけども、大気が湿度をおびてくる、この季節の狭間を感じるところから梅雨は始まっていると思うから、それも含めて何年ぶりかなのだ。以前刊行した‘パリ季記’という本にも書いたことがあるけれど、日本人の多情で高湿度なキャラクターは、梅雨を経るこの気候構成が大きく作用していると常々思う。梅雨はじめじめうじうじと嫌な季節でもあるのだけど、なんかこう言葉にできない感覚的な部分が、この季節を経て作られ、またメンテナンスされる気がしてならない。っていうことも、久方ぶりの梅雨の匂いを感じて、改めてわかったことでもある。女性諸君には肌のメンテナンスにもいい季節だと思う。夕方、ヨドバシカメラに寄って、電動歯ブラシの換えを買い求める。ぐわ、高い。いや、高いのは前持って知っていたけれども、新機種の換え歯ブラシは、我が家の旧式に比べ半額…。これが商売というものか。資本主義の馬鹿ーと心で叫びつつ、おとなしく購入。別なフロアで売っていた激安ノートパソコンにも激しく心をかき乱される。しかも‘この値段は今日まで!’なんて煽っちゃってるよ。買い替えの時期はもうとっくに過ぎていて、意味不明なあーうーという声と共に、チラシを握り締め収入アップについてやたらめったら脳が画策を練りだす。