バウムクーヘンレコーズ  渦を巻く徒然なる日々の記述 

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09.12.25(晴れ)

葬儀の準備風景。★

葬儀が始まる。★

葬儀が終わり、容道さんが退出されるところ。★

Oのいとこの真吾さんとそのご子息。松葉かにをたくさんご馳走してくださいました。★


本日、葬儀。今回の松江訪問の真の目的である、O母のお兄さんの葬儀に出席すべく、朝から着慣れない喪服に袖を通す。昨日松江に到着したOの母と妹夫婦も一緒に、葬儀が執り行われる道栄寺へタクシーで向かう。ここの住職さんだったO母の兄。そして、今日の葬儀を取り仕切る、亡き兄の子息、佐々木容道さんはOのいとこにあたるのだが、現在、京都にある臨済宗天龍寺の管長を務めている大変な高僧なのである。ところでお坊様のお葬式というのは、立派なものだ。たくさんの僧侶が集まり、宗派の形式にのっとって行われる。悲しいセレモニーであることはかわりがないのだが、その形式美は、何かひとつの舞台を見ているような感動を覚える。葬儀はつつがなく終了した。しかし今日は極寒の松江。お坊様たちは、きものに袈裟というシンプルな服装で、寒くはないのか…と心配していたら、案の定、葬儀後風邪を引いてしまったお坊様もけっこういらっしゃったようで、なんだかお気の毒。これもやはり、修行のひとつなのでしょうか?葬儀後、ホテルに戻ると緊張の糸がほどけて、しばし睡眠。ホテルの大浴場でしみじみとお湯に浸かる。夜、葬儀を終えたOのいとこたちが集まり、松葉かになど豪勢なご馳走を肴に酒会。松江に来ると、毎回申し訳ないほどの丁寧なおもてなしを受けて、感謝の言葉もない。

09.12.24(晴れ)

船木窯の離れにて。伸児さんのお父上の先代が作られた器。★

こちらが伸児さんの作品。渋さの中に愛らしさも垣間見える。★

リーチが宿泊した離れの様子。作品の展示室になっている。★

モダンな棚に飾られているのは、大正時代の輸出品。こちらも味があって、素敵なヨーロッパの古き良き匂いが漂う。★

サロンでお話する伸児さん。手前にある水差しは、バーナード・リーチ作(1934年)。深い黄色はイギリスでよく使われるガレナ釉とよく似た、布志名の釉薬。こんな接点からも、リーチはこの地方での陶芸にシンパシーを持ったのだという。★

淡い、邦画のような夕日。太陽の上を三羽の鳥が家路を急ぐ。 ★


クリスマス・イブ。松江といえば、お茶と和菓子とお蕎麦。そんな和づくしなイメージがあるのだが、駅前などの繁華街を覗いてみても、ここまでクリスマスな雰囲気のない街が日本にもあるものかと思わせる地味さ。ある意味正しい日本です。今日は昨日に引き続き、窯元巡り第二段として布志名焼窯元の船木伸児さん宅を訪れる。(船の字は、本当は右側が‘公’の異体字)船木窯6代目当主の信児さんのお宅は、宍道湖を臨む広い庭の美しい一軒家で、バーナード・リーチが宿泊した純和風の離れと、重厚なヨーロッパ風サロンのある母屋の繋がった見事な建築だ。もともと大正時代には、欧米への輸入食器を沢山作っていた窯元だけに、現存する当時のモダンな陶器もため息のでる美しさ。祖父・道忠さんが使っていた化粧泥(スリップ)の手法を伸児さんも受け継ぎ、彼独自の感性で作品にしている。「僕は、いわゆる芸術のために器を焼く陶芸家と、日常で使われる実用の陶芸家のちょうど間にいる存在だと思います。」という伸児さん。実際、大切に飾っておくにはもったいない、見た瞬間に料理がぱっと浮かぶような、上質の生活臭も伸児さんの器から感じる。しかし、あくまでもはれの日に使いたい、そうゆう作品をアートとして愛でる力も兼ね備えている。私がもっとも好きなタイプの風情をもった器たちだ。イギリス暮らしの長いOとも、話に花が咲き、次回は「一升瓶を抱えてきますので、ぜひ呑みましょう。」と、約束。ところで、昨日から普段の仕事根性が丸見えの、まるで取材文みたいになっているが、湯町窯も船木窯も、ごく普通の一般客として突然訪れただけのことだ。(事前にお電話しましたが。)別段、こちらの素性を明かしているわけでもなんでもない。そんな怪しい二人組みに、福間さんしかり、船木さんしかり、とても温かく迎えてくださって、感謝この上ない。ちなみに、船木さんの作品をひとつ買わせて頂いた。スリップ・ウェアの黄色いお皿である。タルトやチーズ、おにぎりをのせても映えるだろうな。もうひとつどうしても欲しかった大皿があって、そこには煮込みハンバーグやロールキャベツを今すぐにでも盛りたい!と思ったが、相変わらずの貧乏で購入叶わず。がんばれば買えるお値段なのに、がんばれないふたり。「こうゆうとき、金持ちになりたいなあって心底思うよな。」とOがぼそり。「Oが良い物の価値がわかる人で、それにお金を出したいと思ってくれたことが、なによりのクリスマスプレゼントだよ…。」と寂しくほくそえむ私。ああ…今日の宍道湖の夕日はなんて美しいのだろう。

09.12.23(晴れ)

ふなつの割り子そば。私は太めの田舎を注文。もれなくついてくる、プチそばぜんざいもこれまた美味なのですよ。★

やっと来ました湯町窯。静かな店内は、温かい器たちのささやきが聴こえてきそう。★

ここでもお抹茶を頂きました。風邪っぴきの荒れた体に沁みます…。★

うわ!ハクション大魔王の壺だあ。非売品でなかったら、即買いしていたと思います。★

美しいだけでなく、使う人の心に寄り添うような温かみのある器たち。このあたり、全部連れて帰りたかった…無念!★

1F奥のギャラリーに飾られたバーナード・リーチの写真。★

リーチの描いたイラストも飾られている。味がありますねえ。 ★


松江2日目。朝、ホテルのバルコニーから宍道湖のしじみ漁の風景をぼんやりと見る。霞のかかった宍道湖は、この世のようなあの世のような不思議な気配。しかし松江とは、なんと空気がおだやかな土地かと何度訪れても思う。水墨画のようでもあり、細かい水の粒子が常に一定の密度を保っている、そんな印象を受ける。さて、遅い朝ごはんと昼食を兼ねて、出雲そばの名店‘ふなつ’へ行く。ここは、奥出雲の山地で栽培されたそばの実を、外皮を取り除かず石臼で自家製粉しているこだわりの店。野性味あふれるそばと、それに負けないしっかりとした出汁。うまい!!ずびずびと風邪絶好調の舌にも、がっちりインパクトを残す力あるそばだ。私は食べ物を分類するときに、魂がこもっているもの、こもってないもの、という分類をする。間違いなく、ふなつのそばは魂がこもっている。そうゆう食べ物は、光を放ち、身体の隅々まで素早く栄養が行き渡る感じがする。ふなつのそばで元気になったその足で、兼ねてから訪れたいと思っていた、宍道湖畔にある湯町窯を尋ねる。島根・鳥取には民藝運動の立役者バーナード・リーチの薫陶を受けた窯元が点在している。日本の焼き物なのに、どこかヨーロッパのなつかしい器の温かみを持つ、これらの物に以前から興味を持っていた。湯町窯のお店につくと、ひとなつっこい陶芸家の福間さんが事務所から出てきて、丁寧に作品を説明してくださった。奥様がお抹茶を出してくださり、ありがたくご相伴にあずかる。歴史ある静かな店内で、福間さんの温かな器で呑むお茶のおいしいこと!普段は開放していない2Fのギャラリーも見せていただいた。すると階段横に、なにやらなつかしい物を発見。これは、ハクション大魔王の魔法の壺では?!「ああ、それは非売品です。昔、息子が小さいときに喜ぶかなと思って作ったの。」と福間さん。なんだかお人柄が表れたいい話だなあと、また温かくなった。私がもしもお金持ちならば、車に積みきれないほど買い込みたかったのだけど、丸いカフェオレ・ボウルを2つのみを購入。次に訪れるときは、大皿も欲しいな。

09.12.22(晴れ)

飛行機から富士山を眺める。スタッフゆうこりんは、登ったんだよなあ…。★

オーソドックスな出雲そばのお店‘そば清’にて。★

お抹茶を頂きます。器もとても美しくて、おかわりするたびに替えてくださるところも、とても粋。★

ステーキ古都にて。絵本に出てくるようなご馳走ビフテキ!子供の頃に食べたらノックアウトだろうな。★


思い切り風邪を引いたまま、荷物をまとめてOと共に松江行きの飛行機に乗り込むため、羽田空港へ向かう。Oの母方のお兄様が亡くなられて、葬儀へ出席するため。葬儀は25日にあるのだけど、せっかく松江まで行くのだから、不謹慎ながらプチヴァカンスも兼ねて、早めに松江へ入る予定を組んだのだ。飛行機に乗り込むと、富士山がベストポジションで見えた。つい昨日だかおととい、片山右京さんが友人と登山をして、その友人の方々が亡くなられた富士山。こうして見ると、山はただ美しいばかりで危険が孕んでいるとはとても思えない。私は子供の頃に登った山で、あっさり高山病にかかった根性ナシで、それ以来、登山にはまるで興味がない。危険をおかしてまで山に登りたいと思う人の気持ちもわからない。だが、好きな人には登らずにはおれない魔力があるのだろう。そういえば、私の母方の伯父も登山中に亡くなった。無事、松江に到着。レンタカーを借り、その足で名物の出雲そばを食べる。出雲そばは割り子スタイルで、なかなか美味。Oの母のお姉さんの嫁ぎ先である、宗泉寺へご挨拶に伺う。母の姉、のりこおばさんが丁寧にお抹茶を立ててくださった。松江には、松江松平藩第七藩主であった松平治郷(雅号・不昧)ゆかりのお茶文化が今も生活の中に息づいていて、ふらりと立ち寄ったごく普通のお店やお宅でも、あたりまえのようにお抹茶が出てきたりする。ああ、良いな。形式が日常に溶けきった、自然体のもてなしは事のほか美しい。夜、「何度も松江に来ているというのに、島根牛をまだ食べたことがないね。」と気がつき、少し奮発してステーキを食べに出かける。しかし、毎度のことでガイドブックなど用意していない私たちは、ホテルのロビーでものすごく旧式のおそ〜いPCを駆使し、地元の人たちに愛される店‘ステーキ古都’へ行く。マダムがひとりで肉を焼き、サーブするアットホームなお店。肉質もよく、全体的に美味しかったけれど、これは子供の頃に誕生日やお祝い事で食べて、記憶が旨みになるタイプのお店だなと思った。そうゆう味って、誰しもかならず持っているように思う。

09.12.21(晴れ)

今日の夜景はきれいだった。小さく見える三日月。★

ママ、風邪はにゃいじょうぶ?★

風邪がいっこうによくならない。疲れが一気に噴出したような感じ。今日は、婦人科の定期健診で病院後、ドゥ・マゴ文学賞の藤江さんとお茶をして、ママミルクのライブへ行こうということになっているのだが、これではとても無理そう。各所にメールを出して、申し訳ないが、今日の予定はキャンセルお願いしますと伝える。婦人科へ行くついで、かかり付けのお医者様に風邪の薬も処方してもらおうと思い立ち、だるまのように服を着込んで車で病院へ向かう。子宮筋腫の術後は良好で定期健診は問題なかったが、とにかく風邪がひどいので、早々に家へ戻り、再びベッドにもぐりこむ。ママミルクのライブ、行きたかったなあ。


09.12.20(晴れ)
 

思えば、パリ前からずっと続いていた強行スケジュールの最後が昨日のライブで、渡仏前には「12月19日まで自分は無事に生きてたどり着けるのだろうか?」などと思っていたが、月日はわりとあっけなく過ぎて、過去に思っていた近い未来も、昨日という過去になってしまった。そして、力尽きて死亡デー。風邪が思い切りぶり返し、ごほごほと苦しい。エネルギーを出し尽くしたからっぽの身体と心に、寂寞としたごほごほだけがこだまする。ふとんの中で「せきをしてもひとり。」とつぶやく。するとピキが向こうからにゃ〜とやってきた。「せきをしてもひとりと一匹。」とつぶやきなおす。白黒の猫が、私のせきのかからない距離を保って、丸くなった。


09.12.19(晴れ)

ライブの定番楽器となっているホース。なんともいえない風の音が心地よい。★

ひそかなファンの多い、ギターのまるさんこと円山天使くん。歌心をよく知る渋いプレイヤーです。★

マリマリちゃん登場。当時となんらかわらぬ素敵な声でした。またぜひ一緒にライブしましょう!★

熱心に耳をかたむけてくださった今日のお客様。こうした方々に私の日々は支えられています。★

グル、笑ってるねえ!ミュージシャンにとって、ライブをしているときは別世界で遊んでいるような楽しさがあるのです。★
Photos:奏木

昨日は風邪はひどいわ、車は災難だわで祟りのような1日だったが、今朝は、風邪もピークをすぎた感で、なんとかのりきれそうな雰囲気。会場となる赤坂のビオロジックレストラン‘my-an'へスムースに到着。オーナーシェフのまいこちゃんと、本日お手伝いに来てくれたプロデューサーの朝本浩文さんの奥様、ゆみさんが忙しくライブ料理の準備を進めていた。昨夜は仕込みで2時間しか寝ていないというまいこちゃん。ありがとう!お疲れ様です…。今日のゲスト、マリマリちゃんもやってきて、リハーサル開始。しかし今日は、朝本さんの奥さん、マリマリちゃんと、まるで90年代渋谷系同窓会みたいだな。しかし、マリマリちゃんのかわいさはまるで変わっていない。「エミちゃんだって変わってないよー。」と言うが、変わってないのは野性味だけで、確実にもうおばちゃんです…。ところで、なぜ今回、マリマリちゃんをゲストに呼んだのかといえば、さかのぼること10年前。私がコロムビアのトライアドレーベルにいて、マリマリちゃんがフォーライフにいた頃、某音楽誌の対談で、マリマリちゃんと会ったのが出会いだった。それから互いに苦労したりしつつも音楽を続けていたのだけど、オーナーのまいこちゃんがマリマリちゃんと知り合いでこのお店にもよく来るという話を聞き、それではぜひ一緒にやりましょう!ということになった。当時、マリマリちゃんのファーストアルバムを聞いて、彼女の声と佇まいにとても憧れた。そして、何かの雑誌で見た、彼女のプロフィールの中に「好きな食べ物:ガム」とあって、「ガムかあ〜!かっこいい。」ととても素直に感動した。今も細いマリマリちゃんだが、当時は本当に消え入りそうなほど細くて、あの子は妖精だ、と思っていた。田舎育ちの私には持っていない、都会的な退廃や、天性の魅力におおいに惹かれたのだった。昼の部、夜の部の2回公演、お食事つきのクリスマスイヴェントは大成功に終わった。お店の中の席が限られてしまっていたので、寒い外でお食事したお客さんには申し訳なかったけれど、まいこちゃんが用意してくれたアラジンのストーブや、クリスマスツリーが寒さと一緒に、不思議と心に残るいいイヴェントだった。来てくださった皆さん、素敵な時間を共有してくださってありがとうー。くにっぺ、昨日から私を支えてくれて、ありがとうー。まいこちゃん、ゆみさん、スタッフのみなさん、ありがとうー。そして少し早いけど、メリークリスマス。


09.12.18(晴れ)

只今、ロードサービスのスタッフさんが、パンクタイヤと格闘中。★

朝起きると、風邪がよくなっているどころかひどくなっていて、出来れば寝ていたいところなのだけど、明日の準備で都内を動かねばならず、みかんジュースや薬を飲んでできるだけのことをしてみる。昼ごろ、元マネージャーのくにっぺこと村中邦江が今日と明日のお手伝いにやってくる。くにっぺは、とにかく気の利く、明るい子なので傍にいるだけで元気が出る。車を出して、世田谷方面へ用を足しに行く途中、突然前輪のタイヤが突然パンク。はじめ、縁石に激突したのかと思った。それほど大きな衝撃音が起きた。偶然、Oの事務所の近所で起きた事故だったので、すぐさま連絡して、自動車保険のロードサービスも呼んだ。ところが、Miniのタイヤを固定しているボルトの口径にあったナットがなく、結局近所のMini専門店に運び込み、そこで中古のタイヤを売ってもらって取り替える大作業になってしまった。ようやく車が動けるようになって、浅草橋に買出しに出かけ、家に戻ったのは夜になってしまった。家のすぐ手前でバイクが一旦停車せずに飛び出してきて、危うく接触しそうになる。「今日は車が災難な日だねえ。」とくにっぺと語り合う。しかし事故にならなくて本当によかった。明日の朝は、早く出かけねばならないので、今夜のうちに楽器を積みこんでおこうということになり、車を車庫から出して、マンション横の袋小路に止めておいたのだが、その数分の駐車があだとなり、駐車禁止を取られる。二度あることは三度ある…ショック〜〜。しかし、ここではたびたび注禁を取られていて、やってられないことこの上なし。うちのマンションは、地下駐車場からエレベーターホールへの作りが非常に複雑で非合理的。だから、住人の方々は、よく袋小路に止めて、荷物の運搬をしているのだが、そこで容赦なく注禁を取られてしまうのだ。ライブやリハーサルのたびに注禁を取られていては、商売あがったりだよ。こうなったら、東京都公安委員会に、不当な処置であることを異議申し立てするしかないな。そして、この場所の規制緩和を管轄の警察署へ申請してみるか…。ひどい1日になってしまったが、「ライブ前に、悪いことは全部済んでしまったからよかったね。」と、くにっぺ。そうそう、起きたことは仕方がない。これ以上、無駄に凹まないように気持ちを切り替えて明日は気持ちよくライブに臨もう。


09.12.17(晴れ)

本日、ライブのリハーサル。風邪はいっこうに良くならず、うまく声が出ない。リハのときは、たいてい周りの音を聞きながら歌うため、本番の半分くらいの力で声を出すのだが、今日はセーブしているというよりも、腹に力が入らず、メンバーのまるさん、グルに不安材料を与えてしまったかもしれない。プロとしては、なんとも情けない限り。しかし「ごめんなさい。」と言うのも無意味なことでなんとか、体調を整えようと早々に寝付く。


09.12.16(くもり)

シンプルなトマトスパゲティーは私の大好物のひとつ。にんにくさん、効いとくれ。★

こちら、おそらくアザラシの皮で作られていると思われる毛ブーツ。5ユーロ!(本体価格のみ)★

明日のライブリハを控えて、曲順を再考したり練習したり。風邪はなんとか小康状態なものの、なんとも不安定。パリでの強行が今になって出たというかなんというか。こんなときは、にんにくを入れたトマトパスタだ!と、こさえて食べる。病気じみたときには、なぜか昨日のみかんといい、ぱっとした色の食べ物が欲しくなるものか。あとはとにかく温かい格好で、ちょっとした外出も気をつけようと思い、今回のパリで見つけた毛ブーツをスーツケースから引っ張り出した。こちら、エマユスにてたったの5ユーロですよ!!(しかし、底を張りなおして25ユーロかかった。それでも安いねえ。)履くと熱いくらい温か。これならば、北海道でも、下手したらアラスカでもいけるか?アラスカ行ってみたいなあ…と昔から夢想していたので、コロムビア時代に‘アラスカの恋’という曲を作った。アラスカは冷凍庫のように寒いから、腐敗しやすい恋愛も、腐らずに清らかに続く。そんな歌だ。恋愛は、缶詰に似ている。開けた瞬間から腐敗が始まる。生まれた瞬間から死へ向かう、すべての生き物のさだめをコンパクトに凝縮したものとも言えるかもしれない。


09.12.15(晴れ)

鮮やかなみかん色のみかんジュース。★

ピキはぐっすりお昼寝中。★

ライブ前だというのに、身体がどうも怪しい。なんだか風邪の気配。気配だなんて、縁起でもない。昨年の冬場のライブも風邪で苦しんだから、今年は体調を万全に、と心がけるだけかけていただけに、そんな現実すら抹消!とばかりに、みかんジュースを作ってみる。スタッフゆうこりんの実家、長崎から毎年頂くおいしいみかんを半分に切ってたっぷりと絞る。オレンジとはまた別の、鮮やかな色。これが自然の作り出す色なんだからまったくもってかなわない。人間がちまちまいろんなものを調合して作る色なんて、たかがしれているのだなあと思う。見れば見るほど元気な色だ。この色味が細胞に沁みて、本当に風邪なんかなかったことになれば幸いだなあ。


09.12.14(晴れ)

ピキ子さん。仕事部屋にある、通称徹夜ベッドにて。私の机はこの横にあるのです。★

今日もライブの準備に追われつつ、他の仕事の下準備、事務仕事などに追われる。リビングと仕事部屋を行ったり来たりする私の後ろにくっついて、そのたびにピキも行ったり来たりする。あらー、かわいい。でもあんたは、好きなところでごろごろしてていいんだよ。と何度言っても、ピキは「あっ、ママが動いた…」とばかりにこまめにくっついてくる。もー、かわいいなあ。ピキはとても猫らしい自分勝手さももちろん持ち合わせているのだけど、他のおうちの猫なんか見て、それと比べると、やはり従順というか、猫めいていないところもたくさん持っているなと思う。それは、生後3週間から私の手で育てられている幼少時代に影響しているのかもしれないし、ピキが本来持っている資質なのかもしれない。どこにいてもちゃんと返事をしたり、言うことを一発で聞いたり、母にとっては、とても暮らしやすいいい子であることは間違いがない。子供の頃はやんちゃで、常に3Dで飛び回って、狩の名手だったピキ。その頃は、私が猫そのものになってピキをしかる毎日だったなあ。6,7歳から急に性格がまとまってきて、優しいおとなしい子になった。猫も人間と同じく、長く生きると悟ったり、落ち着いたりするものなのかもしれないな。願わくば、このままのんびりと、びっくりするほど長生きして欲しい。ピキー、世界中のすべての生物の中でダントツ一番愛してるよー。


09.12.13(くもり)

終日、19日のライブの準備に追われる日曜日。我が事務所シトロン・プリュスにはゆうこりんをはじめ、スタッフがいて何かとサポートしてくれるのだけれど、ライブの企画、内容など主要なところはほとんど自らやっているため、私はミュージシャンでありながら裏方もいっぺんにこなす、なんでも屋さんと化す。昔、完全な音楽事務所に所属していたときは、すべてマネージャーとスタッフに丸投げしていて、私はミュージシャンだけに専念できたが、今思えば、それがすごく良いことではなかった気がするのだ。もちろん、もっと売れっ子の大きなステージでライブをする立場になってしまえば、ミュージシャンに徹するしか方法がないのだけど、事務所を辞めてみて、裏方も自分でやるようになり、スタッフの苦労やファンの人の要望が初めてわかるようになった。たくさんの準備期間を経て、数時間のステージが成り立っていることへのリアルな責任感も生まれた。先日、はやり今の私と同じようなスタイルで音楽活動をしている、元メジャーレーベル出身のミュージシャン友だちとも「ライブを企画するのはなかなか大変!」という話をしていたが、大変なのはそういった理由からなのである。私の場合、大変とは言えども、早いうちから自作自演?のライブを様々な場所(本来ライブをやらないような場所も含めて)でやってきた経験もあって、今ではかなりスムーズに企画から実現までできるようになったなあと思う。しかし、やはりひとりでは難しく、そこにはスタッフや時には臨時で助けてくれる友達の存在が大きい。もちろん、長く応援してくれるファンの皆さんの力は絶大だ。不況が定着してしまっている昨今、音楽や絵画など‘別になくても人は生きてゆける’分野の市場は極めて厳しく、時々くじけそうにもなるのだけど、こんな時代だからこそ、本当はこうした、別になくてもよさそうなものが、実は人の生きる心の糧となることを信じて続けている。継続は力なり。続けることは、水球の立ち泳ぎに似ている。水面上の姿は、何もしていないように見えて、水面下では絶やすことなく動き続けているのだ。さらにジャンプするには、莫大な力がいるだろう。時代は変わる。価値観も変わる。自分への評価も猫の目のように変わるものだ。だけど、そんなものに左右されてはいけない自分だけの哲学を、私は一番に信じたいと思う。そうゆう底辺の、普段人には見えないところにある強固な信念を、私は‘自信’と呼ぶ。人に容易くひけらかすことのできる、ぺらぺらな自信など、かっこ悪いただの慢心でしかない。


09.12.12(晴れ)

今日の夕暮れ時は美しかったんですよ。★

うなよしの蒲焼。美味しそうでしょう?美味しかったですよ。★

こちら、我が家のかまどさん。電器炊飯器はもう一生買わない気がする。★

夕方まで、ばたばたと家で仕事。夜、車に我が家のおかまである‘かまどさん’を積んで、Oの働く某世田谷の事務所へ向かう。ちなみにおかまのかまどさんとは、2丁目の方を指しているのではありません。ご飯を炊く、アレです。うちにはもう長いこと、炊飯器がない。ご飯はすべて伊賀焼窯元長谷園のかまどさん5合炊きで炊いている。もちろん、炊き込みご飯もできるし、おかゆも鯛めしも作れる。以前は、遠赤外線のなんちゃらすごいんだぞ炊飯器を使っていたが、正直、なんちゃらすごいと感じることができなかった。かまどさんを使ってみて、初めて米というものの凄さがわかった。ちなみにル・クルーゼで炊いてもわかりますが、ル・クルーゼは火加減にちょいとコツがいる。(パリではル・クルーゼで炊いている私)しかし、かまどさんには難しい火加減が不必要。20〜25分中強火でがんがん炊いて、後は火を止めて20分放置でOK。この手軽さが良い。で、そんなかまどさんをなぜわざわざ事務所まで運んだのかというと、Oが懇意にしているブーランジェリのシェフ(この方のグルメ具合、半端ないです)が、静岡県の三島にある‘うなよし’から蒲焼を取り寄せてくださって、その試食会用ご飯のため。うまい鰻には、うまい飯が必要だ!ということで。ちなみに、なぜこの試食会が開催されたのかと言うと、先日、Oがシェフと三島の鰻はどこが一番なのか?で盛り上がり、Oは‘桜家’と答え、シェフが答えた店が、この‘うなよし’だったという。うなよしの鰻はまだ食べたことがないというOのために、シェフがわざわざ取り寄せてくださった。たしかにうなよしの鰻は旨かった。全国津々浦々にある鰻の蒲焼。一番を決めろ!と言われてもそれは無理なことで、それぞれ人の好みにも大きく左右されると思う。私の場合、限られた地域の限られた鰻しか知らない鰻若輩ものではあるけれど、東京・両国駅前の‘両国’、島根県・大根島の‘山美世’、名古屋のひつまぶしの名店‘いば昇’あたりが、好みの味ですね。ご馳走様でした!


09.12.11(雨)

スガダイローVS中村達也。いや、凄かったですよ。音楽が生まれる原始点を観るような、そんなセッションだった。★

猫沢バンドの名物教祖、グル・岩見。うわ!顔がすでに凶器?いや狂気・・・狂喜か?!★

昼、ばたばたと仕事。夜、六本木のSuperdeluxeに、即興ライブイヴェント‘Boycott rhythm machine versus'を観に行く。ボイコットといえば、日本を代表するその筋最高のミュージシャンが出演する質の高いイヴェントとして名高いが、まだ生で一度も観たことがなかったからとても楽しみ!今日のVJとして仕事をしているA.Y.Cのバンマス・なっつんや、A.Y.Cのメンバー、猫沢バンドのベース、グル岩見も来ていて、関心度の高さが伺える。ちなみにマイア・バルーちゃんやパーカショニストのレオくんなども来ていた。とにかくすべてのライブがものすごく素晴らしかったが、特に、ピアニストのスガダイローVS中村達也が圧巻。中村さんといえば、ブランキー・ジェット・シティのドラマーとして一般には浸透してるのかしら?と思うのだけど、こうゆうフリージャズ叩かせても素晴らしい!もしかしたら、フリーが一番合っているのでは?と思うほど、その存在感、切れのよさ、インプロヴィゼーションやる人には、必ず必要な共演者の心の先読みが完璧に出来ている。今日、中村さんが素晴らしいドラムだったのは、本人の素晴らしさももちろんのこと、競演していたスガダイローさんが引っ張り出した力という部分もあるだろう。しかし、まったくのリハなしで、完全な即興でこの完成度。すんごいです。いやー、いいもの見せて頂きました。


09.12.10(晴れ)

毎度恒例のことなのだが、パリから戻ってくると、なかなか気持ちが東京に寄り添わない。そこで勃発するのが、Oとの喧嘩。まるで動物のような、ある意味スポーツのような激しい攻防。しかし、これをやらないと東京にスイッチできないイニシエーションめいた何かがあるんだよなあ。こんなのやりたくはない。だが、自分の中にある東京には必要のない過多なエネルギーを一度放出しないと、どうもだめみたい。ところで以前、イタリアに長く住んでいる知人の話を聞いて妙に納得したことがある。彼は、日本に帰国する際、かならず東京近郊の温泉地で数日停泊して、それから東京へ上がるという。その感じわかるわあ〜。毎度、パリからテンションあげて帰ってくる私を見て、事務所スタッフは「エミちゃんを1週間、イケスで泳がせないと実社会に戻せない。」と言う。彼にとってのイケスは、その温泉なのだろう。ちなみに、成田へ直行するよりも、時間やお金の余裕さえあれば(実際はそんなものないのだが)関空へ降りて、数日大阪にいてから東京へ上がるとかなりスムーズにスイッチできる。日本におけるフランス文化の大家である永瀧達治さんも「パリは東京よりも大阪にずっと近い。」とおっしゃってたのだけど、その通りだと思う。雑誌上のパリではない。リアルなパリに近いのは、確実に大阪なのだ。あの雑多な、人いきれの濃い、コミュニケーションの熱い街。じゃあ、日本にいるときも大阪に住んじゃえばいいのだろうか?!いや、かなり向いているのではないかと思うが、だったらパリでいいじゃん、って話になっちゃうよな。あー…先だつものなんか何もないのだけど、いっそセレナーデ。


09.12.09(くもり)

こちら、2005年当時のピキと帽子と私。あんまり帽子が見えてないのだけど、やっぱりふっくらしてるわー。私も若い!(ピキも)★

そして、こちら2009年の部屋と帽子と私。くたびれ具合もさることながら、私って物持ちいいなあ・・・。(貧乏なだけでは??)★

雨のウェンズディ、になりそうなどんよりしたお天気。パリに行く前、猫沢パーマを復活させたのだが、私はやっぱり髪が伸びるのが異様に速い!あっという間にまとまらなくなって、加えて雨日の今日は帽子をかぶるしかないな…と、たしかこれはパリに移住した年に買った記憶のあるボネをひっぱり出した。先日、仕事用のパリ写真をあれこれ掘り起こしていたら、この帽子をかぶった2005年当時の写真が出てきた。そして、風合いがあまりにも違っていることにびっくりした。扱いが荒かったのではなく、ただ単に、8年もかぶっていたので、何度も洗って自然に風合いが変わったのだった。「あ〜…帽子だってくたびれるんだもの。私自身もそらくたびれるわな。」そんな寂しいことも同時に考えた。見た目はくたびれても、中身にはくたびれた分だけの経験や豊かさが宿っていたらいいけど…と、祈りにも似た気持ち。その他、ライブの打ち合わせや事務仕事、銀行業務に終日追われる。


09.12.08(晴れ)

スカイツリー、育ってます。まだ半分も行ってないという情報が!まさに現代のバベルの塔。言語がこれ以上、分割されませんように・・・。★

あっちゃん。Bonzour Japonの地方取材は、彼女の助力なくしてはありえません。そして人気コーナー‘座談会’のライターさんでもあります。 ★

ひどい。時差ぼけがひどいっ。大抵、日本→フランスは精神的にも時差的にもスイッチが簡単なのだが、その逆はしんどい。なぜかはよくわからないが。というわけで、今日も朝5時には目が覚めてしまうが、涅槃からの生還は果たせたようで、なんとか動けそう。というか、休んでる暇なんかないのだよ。19日にはライブがあるし、無事に入校できた明後日発行のBonzour Japonの後処理だの、次号の準備だの、溜まりまくった手紙の整理だの、だのだのだの。処々にメールを書き、事務仕事を進める。ピキは落ち着きを取り戻し、東京は晴れている。マンションの廊下に出ると、1ヶ月留守にした間、ずいぶんと育ったスカイツリーが見える。スカイツリーの存在に気がついた日から「定点観測をしてみては?」という友人の言葉に促され、数度写真を撮ってはみたものの、そうゆうのにまったく向いていない自分を発見するに至っただけだった。午後、日本に一時帰国しているBonzour Japonパリスタッフ(コーディネーター)のあっちゃんこと田中敦子ちゃんと人形町で落ち合い、洋食・キラクでハンバーグを食べる。その後、喫茶去でお茶。あっちゃんは、フランス人の優しいパートナーとパリ生活を着実に築いている。大変なこともあるだろうが、なんだかとっても羨ましい。やっぱりパリに戻りたいって気持ちが私の中にあるんだろうな。特に帰国直後は、いつもそんな気持ちが高まっちゃう。


09.12.07(晴れ)

私の二大大好き漫画。中村光‘聖★おにいさん’榎本俊‘ムーたち’。多分死ぬまで手放さないだろう。★

あ、ちゃんとご飯も食べているようです。和食ですね。★

さすがに生命力尽き果て、終日廃人と化す。この日の記憶、ほぼなし。もしかしたら‘聖★おにいさん’を、澱んだまなこで読んだかもしれない。いや‘ムーたち’だったかも。。。


09.12.06(晴れ)

今日は、ほんっと余裕がなくて、ライブの写真は撮れませんでした。無念!!!こちら、打ち上げ時、メインアクトの‘ズボンズ’のキーボード、マッタイラさんと、彼女お手製のかわいいクッキー。(頂きました!すごくおいしかった)★

時差ぼけ絶好調で朝5時に目が覚める。体はまだ疲れているというのに長く眠れない。Oを起さないように仕事部屋で準備をし、昼すぎ、車に楽器を満載して、高速道路をかっとばして吉祥寺へ向かう。しかし、吉祥寺の駅前ってほんっと一通ばっかりで道も狭くて車泣かせね〜〜。お陰で、愛車Miniの助手席側のドア下部分を電柱に押し付けてしまい、もともと開かなくなっていたドアが完全に開かなくなる…(無言)。フォードアなんて夢のまた夢、完璧なワンドア・カーと成り下がったMiniの運転手側の唯一のドアから荷物を引っ張り出して、会場入り。我現代音楽バンドA.Y.Cのリハは1時間あると聞いていた。ところがもろもろ押して、リハの時間が5分に。あー…音楽の神様(もしくは、バッハとかベートーベンかもしれない)さぼりやがったな!と人のせいにしている暇はない…と考えてたら終わったくらい5分は短かった。そして、本番は…うーむ、一言で言えば、5分のリハにしてはよかったが、やはり根本的な練習とリハーサルが圧倒的に足りないと、一言では言い切れないものだったか。そして、今回さらに痛かったのは、ドラムの池澤くんが新型インフルの病み上がりで、なんとか生きているのがやっとという状況だったことだろうか。私が1ヶ月パリに行っちゃって、総合的なリハができなかったことも原因である。やっぱり音楽って、リズム隊がしっかりしてないとダメなんだよなあ。リズム隊は家の土台。それがなくては、粗末な家すら建たないのだ。反省を次へ活かそう。ライブ終了後、メンバーとメインアクトのズボンズの皆さんで打ち上げ。ところが、車で来ている私は飲めない。くっそ〜、飲めないのに飲みの場にいるのって、ほんとにつまんないのな。知らなかったよ。かけつけた事務所スタッフゆうこりんに助手席に乗ってもらい、なんとか眠らず家に到着。も〜楽器の搬入は明日でいいや。涅槃に入る勢いで猫入滅。


09.12.05(雨)Tokyo

あっ、ピキ出てきた!!「ママなんか、知らにゃい…」とスネ中。★

あまりのひどいエアポケットだったため、精神的にくたびれ、放心状態のまま成田に無事到着PM19:00。ほんと、無事でよかったよ〜。しかし、今後、飛行機に乗るごとにトラウマを感じるだろうなあ。飲んだらきっかり2時間、気を失う薬とかないものかしら?家に着くと、毎度恒例のピキの抗議がはじまる。恨み節のような鳴き声とともに、姿をくらまし出てきてくれない。だから〜ごめん〜ママ〜仕事だったんだよ〜今回〜かなり過酷だったんだよ〜…と、言ってみるも通じない。飲んだらきっかり2時間、猫語が話せる薬とかないものかしら?ほんとに。それよか、明日のライブが心配。へろへろのまま、メンバーにとりあえず無事日本に着いたよメールを出し、明日の会場やタイムスケジュールをチェックし、楽譜をそろえたところで気絶。音楽の神様、このさいバッハとかベートーベンでもいいや、どうか明日無事に演奏できますように!南無っ!!


09.12.04(くもり)

まるでありんこが大荷物をしょっているかのような、まったくジェット・セッターでもなんでもない私の帰国スタイル。★

よちこちゃん、憮然!「くっそー・・・手紙書いてやるっ。」★

かなり、白くなってます。これ、結構大変な火事なんじゃないの?? ★

帰りたくないなーと思っても、今日が帰国日。ばたばたと朝から準備をし、借りていたアパルトマンの掃除などを済ませて、鍵の引渡し時間を待つ。その少し前にラズーが荷物運びの手伝いに来てくれて、おおいに助かる!だって、20キロのスーツケースをエレベーターなしの日本で言うところの6Fから運び降ろすのは非常に厳しい。というよりも、かなり危険。しかし、来たとき、私、これひとりで上げたんだよなあ…すっごいなあ。と思いつつも。外に出ると、よちこがちょうど見送りにやってくる。レ・アールのRER線ホームまではラズーが見送ってくれて、その後、よちこに見送りバトンタッチ。こんな風に友だちが見送ってくれるなんて、幸せ者だわ、私。電車の中では、離れたくなくて哀しい気持ちをこらえている私とよちこ、ちょっと無口。シャルル・ド・ゴール空港に早めについたので、ゆっくりお茶しようと、指定ターミナルへ向かう。すると、日本でも大人気の某有名お菓子店のスタンドがあり、おいしいお菓子でも買ってつまもうよ!と近寄るも、フランス人の売り子さんが「もう閉店です!」とすげなく販売拒否。2秒ほど黙り込んだ後、ほぼ同時に日本女子ふたりが「ありえなーい!まだ閉店前じゃないの!しかもこんなに売れ残っているのに!!」と叫ぶ。ちなみに、私たちの前にオーダーした、白系フランス人のお客さんは、悠々とお菓子をまだ選んでいるのだ。そして、彼女は哀れそうに手招きして、「大丈夫よ、まだ買えるからいらっしゃい。」と言う。同情するなら菓子をくれ!じゃなくて、同情なんかいらねえや。こんなくそ菓子、こっちから願い下げだ。「エミちゃん、こんな店のお菓子、それでも食べたい?!」とよちこ。「食えるか!こんな菓子。」と私。多分、売り子さんは私たちを、英語も仏語もままならない、何か言えばすぐに引き下がる日本人観光女子だとみくびったのだろう。しかし、相手が悪かったね。「絶対に本社宛てに苦情申し立ての手紙を書いてやる!」と怒りに燃えるよちこ。おうおう!やったれ。そうだ、ここで私たちが怒りをあらわにすることで、今後、この売り子さんは日本女子に対して、少しは舐めた態度を改めるだろうよ。(改めないかもしれないが…)日本人でありながら、フランスにいるということは、自分に接触したフランス人にとっては‘日本の一側面’との遭遇なのだ。だから、こんな態度を取られたときは、まるで日本女子の代表みたいに怒る必要があるのだと私は思います!おかげで、しんみりした別れの雰囲気が吹っ飛び、鼻息荒くお茶を飲み、前回はめそめそ泣きながらパスポートコントロールのゲートをくぐった私は、ふんふんしながら元気によちこと別れた。しかし、トラブルはこれでは終わらなかった。出発ゲートにて、搭乗待ちをしていたところ、なんやらあたりが白くけむっぽい。職員がばたばたと駆けてきて、なんとゲートすぐ横の免税店で火事!お店から売り子さんが必至で品物を運び出している。しかし、ターミナルが封鎖される気配もなく、どんどん空気が白く染まるなか、何事も起きてはいないかのように搭乗。フランスっぽいわー。搭乗後、やはりあの火事に巻き込まれた乗客が遅れて乗り込み、やっと出発。ところが、日本にかなり近づいたところで突然激しい乱気流に突入。小一時間ほどもぐわぐわと機体が揺れた後、3回連続でエアポケットにすっとーん!すっとーん!すっとーん!と落ちた。ひえええええ!!!過去、数え切れないほど飛行機に乗っているが、エアポケットに落ちるのは初体験。エアポケットってただのフリーホールなんですね。膝に置いていたバッグが天上にぶつかって床に落ちる恐怖の有様。縦Gと拷問がこの世で何より嫌いな私は、遺書を書かねばなどという気の効いたことを考える余裕もなく、「頼むから、だれか私を鈍器で殴って気絶させてええええ!」と心の中で泣き叫ぶ。ようやく機体がおさまったころ、本当にびーびー泣いていたら、お隣の黒人ムッシュに「あなた、飛行機乗ったの初めてなの?」と笑われた。どうぞ、笑ってください。笑われるのも、生きてこそ実現するものですから…南無阿弥陀仏っ!!


09.12.03(くもり)

PREFECTURE DE POLICEの前で、取得した滞在許可証を持って、喜びのよちこ女史。オメデトウ!★

久しぶりに、MK2ビブリオテークにやってきました。しかし、肝心の映画が・・・残念! ★

帰国を明日に控えて、日本への土産ものをなどを買い込む恒例の前日デーなわけなのだけど、日本のOから「俺、1月にパリ出張が決まりそうだから北駅前のなじみのカフェホテル予約しに行って来てくれる?」などと雑務を言いつけられ、朝から駆け回る羽目に。もっと早く言え〜〜!!しかし、内心、よかったねO。久しぶりにパリに来れるね。ではある。ここ数年、私ばかりがパリに来て、アジアに縛りつけられて仕事をしていたO。彼も元はロンドン在住のヨーロッパ好きだから、ヨーロッパに来たかったはずである。駆け足で買い物を済ませた頃、本日、滞在許可証取得のために、パリを駆け回っているよちこ女史から連絡が入り、北駅のホテル予約、後で付き合ってあげるから先に昼食食べよう!と誘いが。プラス・ディタリーの馴染みのラオス料理店‘月亮’にて久しぶりに三賓麺を食べる。いつ食べてもうまい!そして、店長の葉さんにも再会。「えみしゃーん、あなたなかなか来ないね。(注釈:よちこがここへ訪れるたび、葉さんに‘エミは今、日本にいるの’と何度説明してもわかってくれないらしい。)日本食レストラン、いつ行くの?明日は?!」と聞かれるも、「ごめん、葉さん…実は明日帰国なの。」「がびーん…。」次回、前もってちゃんと約束することを約束して(今回そんなのばっかりだな)葉さんと別れる。その足で、まずは年に一度の大関門、よちこの滞在許可証取得のために、シテ島にあるPREFECTURE DE POLICEへ一緒に向かう。ところが、ここのところ年末の会計業務などでちゃんと寝てないよちこが突然、猛烈に具合が悪くなり、顔が真っ青に。ロン毛のかつらでも被ってバレないなら代わりにいってやりたいところだが、そうもいかない。しかも、この許可証申請のランデヴは、予約を取るのにとても時間がかかるのだ。年末、フランス国外に出る予定のよちこは、今日を逃すととても面倒なことになってしまう。タンフレールで水を買い、しばしベンチで休ませて、なんとか歩けるようになったので、タクシーに乗って向かう。心配しつつも、タクシーの中で復活したよちこ。よかったよ〜〜…。PREFECTURE DE POLICEに付くと、外国人自営業者のセクション・オフィスの前の廊下で待たされる。途中、よちこがトイレに行っている間、呼ばれてしまって、慌てた私がオフィスに突然乱入。「あの!ナンバー●●●の友だちですけど、今、彼女おしっこ行ってて、すぐに戻りますんで!!」と、おかしなジェスチャーと共に必至で伝えると、職員が大笑い。あの、そんなにおかしかったですか?滞在許可証は無事に取れ、本当に一安心。パリにVISAを取得して住んだことのある人ならば、頭がもげるほどがくがく頷くであろうが、この滞在許可証の取得は、本当に大変で胃の痛い行事なのだ。だから、さっきまでの青い顔はなんだった?というくらい、取得後のよちこの顔は晴れ晴れとしていた。よかったね〜。その後、Oのホテル予約で北駅に行き、よちことの今回最後の逢瀬ということで、映画を見に行く。ジム・ジャームッシュの新作‘ザ・リミッツ・オブ・コントロール’。ジャームッシュは大好きで、しかも新作!と、期待を込めて行ったのにもかかわらず、あまりのつまらなさと理解しがたい内容で、映画鑑賞至上まれにみる大爆睡。残念だったけれど、ここまでつまらない作品を見た(寝た)ことが面白くて、ふたりして笑った。夜、MACメンバーとよちこが家に来て、最後の軽い晩餐。ああ、離れがたいなあ。


09.12.02(くもりと雨)

私の可愛いプチ・ナトン。マリオ・カートが3歳にしてめちゃ強かったナトンは、現在、チェスが猛烈に強いんだそう。凄いね!★

ラズー先生が作画中!日本から運んだポスカが活躍しているようです。★

まだ未完なのに、すでにこの完成度の高さ!オークションではかなりの高値がつきそうだね、ラズー。 ★

あらー…もう、あさって帰国だなんて信じられない!が、それが現実。なんて1ヶ月だったのだろう、と思う。時間というものは、それを過す人の中で確実に延び縮みするものだと思っているのだが、今回の1ヶ月は、普段の1週間くらいにしか感じられなかった。まさにあっという間。しかし、楽しい時間はすぐ過ぎるのだとしたら、とてもいい滞在だったかもしれない。ところでパリに居るときはパリのことしか考えず、東京にいるときは東京のことしか考えないことが、それぞれの地を楽しむ私のルール(あるいは、精神衛生上のルール)なので、東京のことなんか考えたくないのだけど、今回はそうもいかないぞ。帰国の次の日に、映像作家・夏目現くんと組んでいる現代音楽バンド‘A.Y.C’の本番がある。パリに来る前に1度リハに参加しただけの私が、果たしてきちんと演奏できるものかと心配ではあるが、今は、送られてきた音源と持参した楽譜でイメトレするしかないなー。午後、元アパルトマンの大家、パトリスのところへ顔を出して帰国の挨拶をすると「ちょっと待ってて、ナトンがいるかも…。」と自宅に通してくれた。ナトンは、私のパリ初期時代に毎週土曜日面倒を見ていたパトリスの次男坊。当時はまだ3歳で、悪魔のようで天使のような子供だったが、会って驚いた!背も足も私より大きくなった10歳のナトン。しかし、再会した瞬間、あの頃に時間が巻き戻ったみたいに互いの名前を絶叫しながらひし、と抱き合った。かわいいナトン。私のパリの最初の恋人ナトン。こんなに立派になっちゃって…涙。次回、パリに来たときに、ご飯を一緒に食べる約束をしておいとま。その足でバニョレのMACアトリエへ。ラズー、セバスチャンが作画をしていた。特にラズーは、近くグラフィティー絵画のオークションに作品を出展するため、大きなサイズのキャンバスをいくつも描いていて、相変わらずそのテクニックは「さすが!」という感じ。今回、絵が描けないどころかほとんどアトリエにも足を運べず、それが唯一の心残りだった。


09.12.01(くもり)

こちら、1Fの展示室。★

出演者が全員着席してそろそろ講演会がはじまります。★

ラズー、発表中。★

客席からも積極的な質問が飛び交いました。 ★

昼間、日本のBonzour Japon編集部から、今回の原稿がすべて無事校了した連絡が入り、ほっと一安心。間に合って、本当によかった〜。MACメンバーのラズーから「今夜、パリ郊外でグラフィティーのエクスポジションと講演会があるから行かない?」と連絡が入る。なんでもラズーもこの講演会のメンバーで出るのだとか。面白そう、行く行く!しかし、今回は本当に絵を描くどころかアトリエに行くことも満足にできなくて、その点については歯噛みする思いばかりだ。ラズーとモンパルナス駅で待ち合わせて、マラコフへ。駅から程近い会場に到着すると、1Fにはグラフィティーの展示室、その横でDJがセットを組んで、プチパーティーもあるらしい。「そろそろ時間だから先行くね。」と、ラズーが地下のシアターに降りてゆき、講演会がまもなく始まる様子。展示を見てから下へ降りて行くと、総勢11名のHiphop関連の著名人が並び、講演会がはじまった。テーマは‘Hiphop文化を若い世代にどう広めてゆくか’といったもの。観覧者もたくさん集まって熱心に聞いている。まず、講演者ひとりひとりが自身の肩書きや活動内容を自己紹介。(中には、ダンサーやコレオグラファーも)しかし、フランス人はとかく話好き、そして議論好き。私が日本でたまに出演する、映画のトークショーなどで大切にしている‘こんなに長く話したら、みんな飽きちゃうかな?’や‘他の人との会話時間のバランスを’なんて考えはほとんどない。(ように見える)そして、大抵こうした講演会の後は、観客の質問コーナーへ突入するのだけど、日本の場合は、こちらがむりやりマイクを向けない限り挙手して質問する人はあまりいないが、フランスは正反対。ハイ!ハイ!俺!あたし!と、こぞって質問。ここからまた長いやりとりと盛り上がりを見せるのだ。長い…!とは思うが、ひとつのことを真剣に考えたり、自分の意見を発表したり、またそういった意欲があって、それを表現することがあたりまえって、なんて健全で素晴らしい!と思う。今思ったことは、今言うのが一番よい。そして、それを言うことは恥ずかしいことでもなんでもない。それに対して「私は違うわ!」と反論されても、びくつくことなんかない。だって、人間はひとりひとり別の生き物で、考え方も千差万別。だから、違う意見の人がいて当然なのだ。反論されることが怖くて言わない、とか、反論したいけど相手を傷つけてしまうかも、なんて二次的な考えなんかここにはない。考えが浮かんだから言う、言ったら反論されたので、また反論したら盛り上がって面白かったし、新しい考え方も知れた。そんなところだろうか。ところで、我MACチームの知性派ラズー先生は、静かな口調でグラフィティーと社会との関わりについて述べておりました。