バウムクーヘンレコーズ  渦を巻く徒然なる日々の記述 


長らくお楽しみ頂いたOu est mon chat?が、2010年6月1日より、下記のブログへ移行します

http://necozawa.seesaa.net/

こちらの日記でアップしきれないピキ逝去のまでの道のりや、現在滞在中のパリ日記など、多少日付がランダムになるかもしれませんが、引き続きUPしてゆきます。もちろん、ライブ情報などもご覧になれますので今後とも、Ou est mon chat?をご愛読くださいね。
ちなみに、このサイトは過去のアーカイブとして2011年5月まで残しますので、ぜひ過去の日記などをまだご覧になってない方は、さかのぼってお読みください。


★印の着いている画像はクリックすると大きくなります

10.03.08(くもり)


はーい、試作品。中のポストカードはアニーの以前の作品。シンプルでなかなか素敵だ。★

ピキ、サポートパテをしっかり食べて、薬もきちんと飲んで容態はすこぶる安定。わはははー母、すごく幸せ!仕事のやる気もみなぎる。午前中、ばたばたと原稿書きやらその他の仕事を進めて、昼すぎ、浅草橋のシモジマへワックスペーパーの買出しに行く。シモジマは、パッケージ、包装紙、文具の宝庫で、品ぞろえも豊富、そしてとにかく安い。次のライブで発売する2005年のモレスキン展で描いた作品をポストカードにしたのだけど、それを入れるパッケージは、自分で手作りすることにしたのだ。既成品はかわいいものがないし、一から業者さんに頼むと高くつく。それならば、ロットも大量ではないし、自分で作れば、好きなものが好きなように作れるじゃない!ということで。ちなみにこのアイディアは、ポストカードのデザインをお願いした真舘アニーにご指南頂いたもの。「きっちりと機械で作ったものを業者さんに頼めばいいや。」という考えが、いつのまにか頭の中ではびこっていて、アニーに「意外と簡単に作れるよ。」と言われたとき、あー…そうゆう感覚忘れていたなあとハッとしたのだった。ワックスペーパーを吟味して、封を留める金具も「これはファンシーすぎ。これはナチュラルすぎ。」などとぶつぶつつぶやきながら、最後には「これだ!」というものを見つける。うーん、楽しい!一から物を作るのは。家に戻って早速試作品を作ってみる。カードの大きさを測って紙を切り、ミシンでちくちく縫う。あらまー、いいじゃない!たしかに、時間も手間もかかるのだけど、なに、人生なんて「どーしよっかなあ。やめよっかなあ。」とうだうだ考えているとすぐに1時間くらい経ってしまうもの。大事なことは、やり始めること。どんなに難しい面倒なことでも、始めてしまえば、いつかは終わるものだもの。それに、その過程も楽しめれば言うことなしだ。

10.03.07(くもり)


星さん、子供たちに言葉の面白さを説明中。★


ワークショップはこんな感じで行われていました。★


子供の発想って、やっぱり面白い!この時期にしか描けない絵もあるね。★


はいー。自作ワッペン。時間がなかったから、こんなんで許して・・・。右上の黒いものが星さんの作品です。★

朝、リハーサルの準備をばたばたしてから、近所にある森下文化センターへ寿堂の黄金芋をお土産に買ってから向かう。今日はここで、言葉アーティスト、星素子さんのワークショップがあるのだ。星さんは、友人の個展で知り合ったとても心優しい女性で、言葉を解体したり、組み立てたり、またその言葉を視覚的にも扱ったりする興味深い活動をしている。今日は、子供たち向けのワークショップだったのだけど、大きな子供として私も参加。四文字熟語を自作し、それを描いてワッペンにして頂いた。ちなみに私の作った四文字熟語は'厚顔夢知'=厚顔無知をもじったものだけど、厚かましいほど前向きな人は夢を知る、そんな意味を託してみた。それを和製グラフィティータッチで描いていたら、となりに座っていた小学生の女の子に「わー、すごい!やっぱり大人って描くものが違う。」とすごく大人な意見をもらった。大人だとか子供は関係ないかもね。人それぞれかもよ。と、私は答えた。ばたばたと1時間ちょっとお邪魔して、星さんにご挨拶し、リハーサルのために自宅へ戻る。今日は次のライブで初導入のコーラスのみのリハ。ギターのまるさんとキーボードの坂くんがやってきて、ヴァイオリンのにょみちゃんもコーラスリハに合わせてリハしてもらうことにした。私が想像していたよりも、ずっとコーラスを入れるとサウンドに幅が広がることがわかって嬉々。しかし、意外にも、こと音楽に関しては保守的なところがあって、今までなぜコーラスを入れてみようとしなかったのか不思議。自分がぱっと閃かないと、人の意見を聞かないがんこな部分、こうゆうところでマイナスになってるなあ。でも、結局はすべてが自分勝手な適齢期で彩られてんだろうなあ、人生が。リハが終わって家に戻ると、ピキがにゃにゃーん(おかえりー)と出てくる。あら!調子がいいみたいね。抱き上げてチュ−。おでことまぶたと髭がはえてるぷくっとしたところに10も20もチューの嵐。

10.03.06(雨)


ピキin Paris.2004年4月。友達のしましまの腕に抱かれるピキ。横長の顔をしましまが妙に合ってるね。★

ピキは吐きの山を越えたのか、とても落ち着いてサポートパテも再び食べ始めた。それだけで生きた心地が蘇ってくる。しかし、現実生活もかなり厳しいぞ。カード会社からの支払い詳細を見て、う〜〜んと唸る。治療費がかさみ、一括返済などとても出来た状況ではない。金銭感覚もちょっとおかしくなっていて、まあウン十万円は問題じゃないか、なんてかなり問題な数字に反応しなくなっている。これが命の値段なのか、なんてそんなことは考えたくもない。だったら、しょうがねえ。稼ぐしかないだろ。悩めば空からお金が降ってくるんだったら、いくらでもうんうん悩むけど、そんなのって意味がない。凹んで仕事の効率も悪くなるだけだ。さあ、どうする?母猫よ。ピキにきっちり薬を飲ませ、ごはんを食べているかチェックして、明日のリハーサルのための個人練習、その他の仕事を進める。ピキー、今日もうんと愛してるよ。

10.03.05(晴れ)


さ、ピキよ、ごはんをお食べ。ピキのランチョンマットは母のお手製。Pマークは黒い麻のリボンで。★

切なる祈りが届いたのか、夕べ大吐きした後は、ぴたりと吐きがとまり、急にピキは落ち着きをみせた。朝一番にS先生のところへ駆け込んで、状況を伝える。「吐きが止まったのなら、できれば今日の検査は体力のことを第一に考えて、先送りしたいのですが、いかがですか?」とS先生。いっこくも早く、ピキを苦しめる病因を見つけたい気持ちは山々なのだけど、たしかに先生のおっしゃる通り、ここ数日何も食べていないピキに全身麻酔を施して、喉にチューブを入れるのはあまりに厳しいと私も思い、延期にする。しかし、一向にピキの吐きの原因がわからない苛立ちは正直ある。(この日記を書いている今現在から考えると、先生はピキにどんな検査を試してみても、確たる病因はつきとめられない。つまり、老いからくる内臓全般の衰弱と見ていたのではないかと思う。)いつもの点滴をしてもらい、ピキを大事に抱えて家に戻る。もう、この病院通いの風景も生活の一部になってしまったね、ピキ。ほら、ごらん。あれが水天宮だよ。あそこには戌の神様がいて、赤ちゃんを産むお母さんたちを護っているんだよ。十二支には猫がいないよね。残念だよねー。猫年があったら、さぞかしいろんなかわいいグッツやお守りが作られていただろうにねえ。点滴が効いたようで、その後のピキはゆっくりと昼寝。それを見守りつつ、午後は撮影の仕事などをこなす。その後もピキ、吐かず。

10.03.04(くもり)


あらっ?!何かの見間違いかしら。白黒のたぬきが部屋の中に・・・。ピキin Paris 2006年4月。マックスデブ期より。肉襦袢を着ているみたい!★

朝一番に病院へ。ピキの吐いたものをデジカメに撮って先生に見せる。「明日の午後、胃カメラの検査予約を一応入れておきましょう。ただ、やはりピキちゃんに負担がかかることは事実ですので、今夜の様子を見て頂いてという感じの暫定的な予約と考えておきましょう。」ということになった。仕事場のOへ電話をして、ピキが明日胃カメラかもしれないことを伝える。ここ数日、まともにご飯を食べていないピキはさすがに弱弱しい様子。ピキ、ママになにがしてあげられる?ほんとの猫ママみたいに、体をぺろぺろ舐めてあげたら落ち着くのかな。でも猫じゃないから、つば臭くなってきっと嫌がるよね。私の舌にとげとげが出来て、猫の舌ブラシになったらいいのに。よだれもあんまりでない猫の舌になったらいいのに。いいのに。夕方、仕事部屋のいつもの定位置で眠り続けるピキをちら見しつつ、仕事を進める。仕事電話のやりとり最中に、ピキがものすごく吐いて狼狽。先方に事情を説明し、いったん電話を切らせてもらって、すぐさまS先生に電話をかける。「わかりました。では、明日の午後、予定通り胃カメラ検査にしましょう。」とのこと。ここしばらく、何があっても落ちまいとしていた気持ちの糸がぷつりと切れて、どん底に。しかし、すぐさまいかん!こんなことでどうする、こんな気持ちでピキの吐きが止まるものか?と気持ちを立て直し、ピキの様子を見ながら仕事を進める。ピキが病気になってからというもの、パリの親友よちこ(彼女との出会いも、ピキがいなかったらなかった。ピキを数ヶ月面倒みてくれた、第二の母)が、こまめに電話やメールをくれる。ピキの様子を聞きつつも、関係ない明るい話で笑わせてくれる。よちこの優しさの深さを知る。そして、日本の友達も、本当によく話しを聞いてくれて、今さらながらひとりで生きてるわけじゃないんだなと、深い感謝の気持ちに包まれる。ピキ、お前のことをみんなが、本当にたくさんの人が愛してくれていて、生きることへ繋がる力を貸してくれているんだよ。でも、ママは日記を書くことができないよ。この状況を、感情の海でお前とふたり、難破船に乗って彷徨っているような、この嵐の中、言葉を紡いでしまったらそれが大きな刀になって、船の底に穴を開けてしまうような気がするんだよ。だから、しっかりしがみついていて。ママは絶対にオールを放したりはしない。

10.03.03(晴れ)


ピキin Paris,2003年12月。いいブラシ持ってますねえ〜。★

夕べは、朝方まで作業してみたものの、やはり全部やり終えることができなかった確定申告書類整理。しかーし、今年は作業が早いぜー。しかーし、それは稼げてなくて、領収書が少ないともいえる…。(無言)朝からフランス分の領収書をてきぱき整理して、夕方の宅急便に無事にのせることができ、領収書他書類たちは、会計士さんのもとへ運ばれていった。やったー!期日を守れた。こんなにすばやくできたのは、初めてだ!嫌いな長距離走を難なく走り終えた後の小学生みたいな気分で、他の仕事にも取り掛かる。今、デザイナーのアニーこと真舘さんと、2005年のモレスキン展のために描いた作品をポストカード化しようと作業している。アニーから紙サンプルが届いて、デザインの打ち合わせを電話でやりとりなど。夜、スタッフゆうこりんを誘って、人形町の宮崎地鶏のお店で飲む。んかーっ、苦手な仕事が終わった後の爽快感は格別ですねーこりゃ。なんて、調子乗って家を留守にしたバチが当たったのか、帰るとピキが吐いていた。しかも、血の海のような大きな喀血だ。一瞬の開放感はあっという間に暗闇に去り、不安な気持ちが押し寄せる。ごめん…、ママばっかり息抜きして。どうしてなんだろう…薬もきちんと飲んでいるし、食べ物もやわらかいパテだけなのに、どうして吐きが止まらないのだろう…。やっぱり、胃カメラ検査をしてもらうべきなんじゃないか…。明日、朝一でS先生に相談してみよう。

10.03.02(くもり)


ピキのパリ時代写真。2003年3月。最近、具合の悪いピキにカメラを向けるのがどうも出来なくてなあ。★

朝一番に、動物病院のS先生のところへピキを連れてゆく。ピキは「なんにゃっ。しばらくおさまっていたと思ってたら、また病院?!」と、うんざり顔。えーん…そんな顔しないでおくれ。ママだっていろいろ苦しいにゃ…。先生に、しばらくはとても落ち着いていたこと、昨日の夕方から猛烈に吐き出したことなどを伝える。もしや…先日、かつおぶしをこっそり食べちゃったのが悪影響を及ぼしたのではあるまいか。ついに胃カメラか?!と、覚悟したものの、「今日はひとまず様子を見てみましょう。」ということになって、いつもの点滴を打ってもらう。ついでに内服薬も頂いて、帰路につく。その後、ピキは落ち着いた様子。点滴が効いているようだ。夕方、カラオケのJOY SOUNDをオーガナイズしている会社に電話をかける。少し前に、私のファンの方々が、デビューからすでに14年近く経つ、このマイナーミュージシャンの私の曲を一生懸命投票してくださって、配信が決定した!というお知らせを頂いた。ところが、詳細はどこからもいっこうに来ない。そもそも、カラオケに曲が入ると、どこからかその旨を連絡してくれるものなのか?レコード会社とずいぶん前に契約を終えた場合、本人に連絡する術はないのではないか?また、楽曲を管理している音楽出版社の担当者さんも、当時のままとはとても思えないし…なんてごちゃごちゃ考えているより、本人が電話してしまったほうが早いだろ。そう、思った。だって、ファンの方々が、一生懸命投票してくれたのだもの。せめてこのくらいやんなくっちゃバチが当たるというものだわ。そして電話をかけると、ある意味当然かもしれないが、担当者さんが少し驚いた様子だった。そうか…本人は普通電話したりしないのかもな。でも、普通がどうかなんてどうでもいいや。案の定、本人が電話しただけのことはあって、話が早かった。配信は本当に決定したようで、配信日が確定したらお知らせしてもらうことになった。やったー!これでファンの方へ報告ができるぞ。ピキー、ママの歌がカラオケに入ることになったよ。え?曲は'ミルクの冠'だよ。ピキも歌う?にゃにゃって、歌う?歌わないか。夜、ピキが時々にゃ〜と邪魔にしくるほど回復したのを見て、領収書の整理を始める。くうっ。日本のやつはいいとして、問題はフランスの領収書だよ。去年の月平均レートを調べて、1枚ずつ日本円に換算したものを書き込まねばならぬ。これがどうゆうもののレシートなのかも。でも、まだましだ。数年前なんぞ、チュニジアとモロッコと、デンマークとオーストリアとスロヴァキアの領収書がいっぺんに入り混じっていたときは、はっきり言って死ぬかと思ったもん。毎年、過酷な申告作業後は、「よし、今年は毎月々、かならずきちんと整理しよう。」なんて志を立てるものの、やれたためしがない。人間って喉下過ぎれば熱さ忘れる生き物なのよねー。でも、忘れることで人は生きて行くこともできるのよねー。

10.03.01(くもり)


神様も、たまには洋酒を召し上がるかしら・・・?気に入って頂けたらいいんですけど。★

あら!もう3月になっちゃった。と、毎年言っているような気がする。なぜそれが4月でもなく10月でもないのかといえば、2月が他の月よりも日数がちょい欠けているのも理由のひとつ。あとは、1月に新年がはじまり「ようし、今年こそ1日たりとて無駄にせず、充実した一年を過ごすぞ。」なんて志高くスタートしてはみたものの、あれよあれよと日常の雑務に押し流され、気がつくと2ヶ月(つまり、1年の5分の1)も経ってしまったことに気がつくのが2月、というわけなんではないだろうか?しかし、今年はいろんな仕事の予定を、いつもの年よりも先先に進めている自分がいる。焦っているわけでもなく、ただ、こうした1年を40回も(うふ。来月で40歳でーす。)繰り返していれば、おのずと自分の行動パターンも読めてきて、物事は先先で進めていてちょうどよい、ということがやっと体でわかってきたのかもしれない。ところで3月といえば、確定申告。今年こそは、会計士さんの手を煩わせることなく、きちんと提出期日を守り、皆があへあへ苦しんでいるのを横目で見ながら「あら、私もう終わったわよ。」とさわやかに言ってみたいのである。それに、今月は14日にライブがあるからね。確定申告で音楽に集中できない事態は、絶対に避けねばならぬ。先日提出した原稿を一部書き直したり、次号ボンズールの特集原稿執筆などで慌しく午後を過ごす。夕方、ここのところ落ち着いていたピキが、再び激しく吐き出す。どうしちゃったんだい、娘よ…。病気の最初期に比べると、こうした事態でうろたえることも少なくはなったが、やはり、苦しそうな姿を見ると胸が潰れるような気持ちになる。確定申告をスムーズにはじめるためにも…と仕事場周りの掃除をし、本棚の上に奉っている小さな神棚のお供え物を下ろして、お神酒やお塩を新しいものにする。ピキのことをどの神様に祈ってよいのやら、正直わからないのだけど、一番身近な守り神様にもお祈りして悪いことはないだろう。しかし、日本酒が切れてた…。「あのう、洋酒じゃだめでしょうか?このワイン、結構おいしいんです。」と言い訳をしながら、神棚に供え、柏手を打つ。お願いです。私の命をどのくらい削ったらピキが助かるのか、それだけ教えてくだされば結構です。何も代償を払わず、願いだけ叶えてくださいなんて、ずるいことは申しません…そこまで祈ってはた、と気がついた。このお願いは、神様じゃなくて、死神にすべきことだったか?しかし、命を司る何者かが、生の領域にいるのか死の領域にいるのか…ますます、誰に何を祈ればいいのかわからなくなる夜。

10.02.28(雪のち晴れ)


・・・雪!★


午後には、うそのように晴れて日差しが。。。★


んがーっと思わず大あくび。★


そして再び惰眠。いやんだみんうふん♪ ★

今日はやけに寒いな…と思ってベッドから起き上がると、おわー、雪。すぐさまリビングの床暖房をつけて部屋を温める。ピキ、こっちきなさい。仕事部屋は寒いから、リビングでのぺーっとしなさい。相変わらずパテもよく食べ、しつこい母のお薬飲ませ攻撃にもずいぶん慣れて、上手に飲み下せるようになったピキ。ああ、よかった。このまま治るかもしれない。猫神様は、ちゃんとピキを見ていてくれると思いたい。(普段、無神論者なのに都合よし)昼間、諸所の仕事を進める。30分置きにピキを観察。ついでに抱いてみたり、撫でてみたり。ピキはここしばらく擬似漁も辞めて、本来の飼い猫らしいのんびりした様子で、ソファに寝転がっていてくれる。夜、なっとうわかめチャーハンで夕食を済ませ、先日延期になったフランスへのインタヴュー電話をする。夜中2時すぎに終了。よし、これで原稿が書けそうだ。

10.02.27(晴れ)


2003年4月16日のピキin Paris。あらー、きれいに丸くなっちゃって。★

むー。家計が厳しい。ピキの病院代、検査代などがかさんでしまい、もともと余裕のないところへさらに余裕のよの字もなくなった。お薬代もしばらく必要だろうし、ひと缶500円もする退院サポートパテも辞めるわけにはいかぬ。しばらく病院でちょこちょこと買っていたサポートパテだが、ネットで調べてみると2割安で買えるショップを発見。しかし、もともと医療用として開発された猫缶だし輸入ものなので、どこを調べても半額!とまではゆかなかった。すると、某有名インターネット販売会社のクレジットカードを作ると、2000ポイントもらえるのよ〜という甘い宣伝文句が視界に飛び込んできた。2000ポイントとはつまり、2000円分の商品券に相当するってことか。うぬう。こうゆう誘い文句はあんまり好きじゃないんだけれど、今はそんなこと言ってる場合じゃない。キーボードをかたかた操作して、まんまと甘い蜜に溺れる虫となる。入会すればすぐにこのポイントを使うことも溜めることもできるのよ〜というコールが入るが、迷いもなく'使う'をクリック。1缶500円のパテは、割引と2000ポイントにより、半額近く安値で購入することができた。自分の賢さをひそかに褒め称え、同時にその貧乏ったらしい浅ましさに少し落胆。「ママ、ピキの缶詰なんとか買えました。」と、仕事部屋においてある徹夜用仮眠ベッド、通称:猿ベッドの上で丸くなるピキに話しかける。ピキの様子はすこぶる順調。このまま、回復して20歳を超える長寿猫になるかもしれない…と、明るい夢を見る。ただ、油断は禁物。この間も少し良くなったことで安心していしまい、また悪化してしまったのだから。しかし、ピキの表面にはふさふさの毛が生えていて、子供の頃から変わらずに愛らしいままだ。いつの間にかこっそり歳を取ってたなんて、ママ、ぜんぜん知らなかったよ。なんてうそぶいてみる。いいや、本当は知っていた。ピキが老齢に達していたことは。でも、自分の猫だけは、死なないとどこかで思っていた。すっとぼけて口笛吹いてたら、神様がピキの寿命を設定しそこねて、あわよくば私と同じ棺おけにはいってくれるだろうと、本気で思ってた。だって、死ぬことなんて想像しただけで、この世が青いペンキをひっくり返したみたいに寒々しくなって、恐ろしくて恐ろしくて仕方がなかったから。たとえ今回の危機を乗り越えたとしても、たとえどんなに長生きしたとしても、この子は私より先に召されるのだ。そんな当たり前のことすら忘れたまま、もうすぐ14年が経とうとしている。

10.02.26(晴れ)


どうにもアーバンな夜だったぜ…。(会話は、どうにも非アーバンでした。)★

朝、ピキが頭の上で、ヘッドフォンもしくはカチューシャ状にはりついていて、にゃ〜という鳴き声にて目が覚める。夜中、きつかったのか自分のパンツを中途半端に大腿骨のあたりまで下げたらしく、ものすごくみっともない姿に失笑。パンツをあげてのろのろと起きだし、ピキにごはんとお水をあげる。ピキは最近、「このパテおいしいけど、もう飽きた!かりかりとか違うのもちょうだい!」とねだるのだけど、一度、かりかりをあげてすごく調子が悪くなったから、今回は完全に治るまで心を鬼にしてパテのみをあげ続けている。ところが先日、仕事から戻るとなにやら魚の匂いが…。ピキが手を出せないように、普段の猫ごはん&ピキが好きそうなものはすべて5畳の納戸(通称:前人未到部屋)に隠してあったのだが、そこに自ら入り込み、器用にかつおぶしの袋をやぶって思う様食べてしまっていた。それから吐きはしなかったが、案の定気持ちわる〜い…という顔をしていて、「ほらごらん!ママの言うこときかないからだよ。」と軽く叱ってはみたものの、'そりゃ飽きるよなあ…、私だってこのパテだけ何週間も食べろって言われたら、かつおぶしの袋をこっそり破るだろう'と思い、なんだか哀れな気持ちになってしまった。がんばれ、ピキ。お薬ちゃんと飲んで、いい子にしてたらきっとよくなって、好きなものをまた食べられるようになるからね。「にゃあ(えー?マジで。)」疑いの眼差し…。ここのところ手付かずだった、事務仕事と各所への連絡などをばたばたと進め、夜、西麻布のおしゃれ地帯に突撃。今夜は、モレスキンを日本に広めたカファ(有)の現社長・浦野剛氏の家でホームパーティーに招かれている。モレスキンと言えば、2005年、私がまだパリにアパルトマンを借りていた頃、所属するグラフィティーチーム・MAC-graffitiのジルベルトに、日本で開かれる展覧会参加のオファーが来たことが、今のお付き合いの始まりだった。「エミー、これ日本の会社だからさ、エミが担当者になって日本語でやりとりするのが早くないか?」とジベに言われ、コンタクトを取ったのが、当時カファの社員だった赤井文ちゃん(現在、ただのマブだち)だった。最初は、展覧会への作品提出時期などをまじめにやりとりしていたが、時差のあるはず日本なのに、いつもフランス時間で仕事をしている赤井ちゃんからやってくる「もう、疲れすぎてハゲそうです。ハゲレベル6!」などのハゲネタ会話で異様な盛り上がりを見せ、ただのメールのやりとりが格段に楽しくなってしまった。その後無事に、私を含むメンバー5人の作品を日本へ送り届け、展覧会が大成功のうちに終了したが、実際に赤井ちゃんと顔を合わせたのはずいぶんと後になってからだった。で、(話が長いね…)当時、赤井ちゃんの同僚だった浦野さんが現在カファの社長になって、モレスキンも爆発的な成功を収めたというわけ。実は、前回のパリ行きの際、イスラエルに出張する浦野さんに、成田空港でばったり出くわし再会したのがきっかけで、今夜のパーティーにもご招待頂いたというわけだ。浦野さんのお宅は、おしゃれなガラスばりのペントハウス。西麻布の夜景がぐるりと一望できる。そこへ、気さくで人のよいお仲間がたくさんあつまり、なぜか本格的なたこ焼きパーティーへと移行。浦野さんがオランダで見つけたという木靴を履かせてもらい、ぱかぽこ愉快におどけていたら終電を逃す。夜中すぎ、Oに車で迎えにきてもらった。まったくそうは見えないだろうし自分でも信じがたいことなのだけど、意外にも人見知りの私。だから、こうした新しい人のたくさんいる場所は敬遠しがちなのだけど、今夜はとても楽しくて、しかも人と知り合うことはやっぱり大切だなー、おっくうがらずにどこでも出かけていかねばなあとしみじみ思ったニシ・アザヴュの夜。

10.02.25(晴れ)


2004年5月2日のピキin Paris。うわー、まるまるしてる!かわいー。★

夕べは、結局寝るのが朝になってしまった。4時間ほどの睡眠後、飛び起きてリハーサルの準備。楽器をマンション1Fのシアタールームに運びこむ。ほんっと、このシアタールームがあるおかげで、リハスタ代が節約できて大助かり。都内のリハーサルスタジオはとても高いのです。メンバーが続々と集まり、今回は総勢7名のわりと大所帯編成。下準備は普段よりも入念にしてきたが、やはり20曲近い曲数を、初めて音出しするメンバーには、なかなか大変なことのようだ。今日は曲全体の雰囲気を見てもらうことと、各楽器パートのアレンジのマッチングを確認してもらいつつ、次のリハまでに重点的に練習するポイントを見定めてもらった。なるほどー、7人で演奏するとこうなるか。あのパートとあの曲のアレンジを再度練り直しだな…なんて、私も考えつつ。リハ後、いつもは予定のないメンバーに家にあがってもらって晩御飯を食べたりもするのだけど、ピキが療養中のため、やはりなるべくお客様はあげないほうがよいなと判断して、早々にお開き。メンバーを見送り、部屋に楽器を運び込むと、とたんに動きが鈍くなってびっくり。あらー、疲れてるんだわ。リハーサルのときにいつも用意する魚弁当の残りを、もぐもぐ食べて、その後気絶。

10.02.24(晴れ)


ピキ、のんびりの図。「眠いからカメラはにゃめて…。」★


シンプルなペペロンチーノは私の大好物。今夜の晩御飯です。★

朝から締め切り原稿を書くための映画資料を見たりして、少々焦りながら仕事を進める。晩御飯前にアップ。関係各所へ送信。ぺペロンチーノを作って簡単に夕飯を済ませ、その後、明日のライブリハの楽譜製作やらメンバーへの連絡でてんてこ舞いになる。仕事部屋の私の机の背後、3mくらいのところで丸くなっているピキ。ダンボール箱の上に敷いたお座布団がピキのお気に入りの定位置。キーボードを弾きながら、コーラスラインを確認するため、「あ〜〜」だの「るら〜〜」だの甲高い声で歌っていたら「うるさいにゃ…」とばかりに向こうへ行ってしまった。真夜中、眠気ざましの入浴中、ピキがやってきて、バスタブのふちにひらりんと駆け上がった。そのまま、顔だけ水面に近づけて、ぺろぺろごくごくとお湯を飲んでいる。あんた…ママエキスが溶けたお湯だけど、いいの?お湯を飲み飽きると、今度は水面を手でちょいちょいといじって楽しんでいる。お風呂に入れられるのは嫌いなくせに、水をいじるのは好きな猫は多いらしい。パリのよちこの家にいるケイちゃんも、水道からぽたーん、ぽたーんと垂れてくる水を額で受けるのが好きと聞いて、笑った。説明のつかないおかしな猫の行動は、常識で凝り固まった人間の生活に、ぽーんと石を投げてくれるような愉快さがあるね。

10.02.23(晴れ)


ペピィキャッツ2009年秋冬号’より。ー猫の薬の飲ませ方編。特にがたまらなく好き。笑 ★

夕べは食事後、アニーの素敵なアトリエにお邪魔して、結局帰るのが朝方になってしまった。いやー、楽しかったなあ。しかし、ここ数日もかなりハードだったので、へとへとに。しかし明後日は、3月の440ライブのリハーサルがあるので、コーラスアレンジの楽譜書きやらなんやらで、のんびりしている暇もなし。ところでピキ。がっちり薬を飲ませているから、順調に回復しているように見える。しかし、最初はなかなか薬を飲んでくれなくて、悩んだ母。動物病院においてあった猫の会報誌みたいなやつに、猫の薬の飲ませ方が乗っていて、その写真が妙に面白いものだから、当初の目的を忘れてプリントアウトしたり、切り抜いたりして楽しんでしまった。モデルの猫ちゃんは、さぞかし大変だったろうけど、この面白い表情で内容がまじめなところがさらに笑いを誘うなあ。

10.02.22(晴れ)


福原まりさん、ライブ本番。★


歌っております。今年は、パーカショ二スト単体のお仕事をもっとやりたいなあ。 ★

Oの誕生日の朝。おめでとうー!で、いくつになったんだっけ??ちなみに今年は平成22年2月22日のスペシャルにゃんにゃん年だね。このにゃん並びにあやかって、ピキが全快しますように。Oが仕事に出かけると、簡単に部屋を掃除して、楽器と機材の準備をする。今夜は福原まりさんのライブにパーカショニストとして参加。リハーサルが午後には始まるのでのんびしてられないぞ。ばたばたする母の後ろにくっついて、落ち着かない様子のピキ子。「ごめんねー。今日はお仕事なんだよー。」と頭を撫でると、ピキがにゃあと鳴く。そのにゃあ、は、がんばって!のにゃあかい?車に楽器を搭載して、南青山のライブハウス、マンダラへ向かう。ところで、うちの自家用車Miniは、もともと古い車で2ドア車なのだけども、吉祥寺の細い路地を左折するときに、ドア下のふちのところ(なんて言うのだろう?)をむぎゅうと押し付けてしまい、完全に開かなくなってしまった。ちなみに、その前から蝶番がいかれて、すでに開かなかったのだけど。そんなわけで、今どき世にもめずらしい1ドアカーとなってしまった哀れなMini子。そして、人も荷物も、たったひとつのドアから乗り降りする、なんともギャグみたいな風景が日常となってしまった。修理の見積もりを出してもらったら、内臓もかなり痛んでて中古の新車(?)が買えるほどだったので、そのまま放置とあいなっている。あー…助手席側のドアが開いたらどんなに素敵なことだろうと夢見る。当たり前のことが当たり前でなくなると、元当たり前だったことがとても幸せに感じられる。幸せは上には積みあがらない。ゼロの位置が不幸側に下がることで、はじめて幸せ感は増すものだ。マンダラに到着。ほどなくしてリハーサル開始。いつもは、自分が歌も太鼓も、イヴェントそのものの仕切りも全部やるので、楽しんではいても余裕がない。パーカッションだけに集中できる久しぶりのお仕事はえらく楽しい。(ま、数曲歌もコーラスもあるんですが)そしてまりさんの曲が素晴らしいのでさらに楽しい。まりさんは最近公開された映画'食堂かたつむり'の音楽を担当した。今夜は、その中からも数曲演奏。ところでまりさんとの出会いは、数年前のパリだった。まりさんが所属する音楽事務所の社長姉妹・えっちゃん&あっちゃんがパリに引っ越してきて、たしかサエキけんぞうさんのフランスツアーがきっかけで、その愉快な姉妹と知り合った。その後、まりさんがパリでライブをするというので、あっちゃんに参加を依頼されたのだ。ライブカフェにあったジャンベを使わせてもらい、夏の気持ちのいい空気の中で共演した。そんなご縁で、今回もまりさんのライブに参加。ちなみに、まりさんバンドに私が加わると、やっぱり動物度が増すというか、野性味が高まるというか。ライブは大好評のうちに終了。しばし打ち上げに参加して、その後Oとスタッフゆうこりん、真舘アニーと下北沢の中華屋さんで、Oの誕生日食事会をする。メイン誕生会は先日終わっているので、ごく普通のお食事って感じで。みんな、歳をとってゆくね。でも自然の摂理だものね。大切なのは、いかに気高く歳を重ねるかってところなんだろうね。ハッピーバースディ、O。

10.02.21(晴れ)


2004年4月22日のピキin Paris。ピキの頭にそ〜っとBIGのライターを乗っけて…★


「あれ?にゃんか変…」 ★


「にゃに??」★


「気のせいかにゃ…。」笑 ★

日曜日だけれども、私は朝から仕事にて外出。ピキの朝ごはん&薬を飲ませて急いで家を出る。留守中のピキを宜しく頼むとOに言い残して。メトロに乗る前に、動物病院へ寄って、ピキの内服薬を頂く。S先生に、CTスキャン後、ピキの容態がとても落ち着いていることを伝える。仕事先から家に電話をかけて、ちょこちょことピキの様子を伺う。元気なようで安心する。夜、8時すぎに帰宅。昨日の宴の片付けをしつつ、客人が去ってのびのびしているピキを抱っこして、少しのんびり…している場合じゃなかった!夜中11時からフランスに電話をかけてのインタヴューがあったよ。その後、インタヴューを別の日にしましょうという連絡がきて、内心ほっとする。いや、なるべく早く進めねばならぬのだけどね。ちょっと今夜は疲れたよ。まあ、日曜日だし今夜はこれで閉店とするか。

10.02.20(晴れ)


下仁田ねぎのスープ煮。ねぎと少しの牛だけなのに、甘く深い味わい。★


2月生まれの新語ウォッチャー・森さん。 ★


こちらも2月生まれのグラフィックデザイナー・アニーこと真舘さん。★


牡蠣のシャンパンソースがね!ひどく美味しいんですよ!!(みんな大好物)★


今年のOのバースディケーキはガレット・デ・ロワ。Oの友人シェフ(彼も2月生まれ)の特製です。ショコラの生地にフランボワーズが潜んでおります。昇天… ★

夕べは、楽譜整理の後、ヴァイオリンパートのアレンジをしていて、ほぼ徹夜になってしまった。昼近くに起きると、夜中置いておいたロイヤルカナンの退院サポートパテがなくなっていて、寝起きのピキが「ごはんちょうだい!」と元気よく鳴き寄ってくる。思わず抱き上げると、少し重くなっている気がする。本当に気のせいだけなのかもしれないけど、それでもいいよ。食欲があるってことは、生きる源だもの。いつものように母の左肩に抱き上げられたピキは、なんの疑いもなく体重を預けてくる。その温かな重みと、糸いっぽんすら入る隙間のない体の密着に、長い年月人生を共にしていた互いの信頼を感じあえる。ぐるぐるぐる…。なんて不思議な喜びの音を出すのだろう、猫とは。ピキにごはんをあげ、薬をしっかりと飲ませてから、自分用のおにぎりとお味噌汁も作る。ここ2、3日、ピキのことにかまけて、ちゃんとごはんを食べていなかった。ごはんを食べることが生きる基本、という点では、人も猫もまったく一緒なのだ。しばらくして、スタッフゆうこりんが、やってきて、ふたりして牡蠣の殻むきを開始。今日は、Oの小さな誕生会を催す。彼の本当の誕生日は2月22日。にゃんにゃんにゃんの猫の日なのだけど、今年は私が、この日ライブの仕事を入れたため、土曜日の本日やることになった。メニューは、牛すね肉を出汁にした下仁田ねぎのスープ煮込み、じゃがいもの蕎麦粉ガレット、牡蠣のシャンパンソース&特製牡蠣フライ・タルタル添え、など。集まった友達は、いつもの年に比べるととても少ない人数。そして、2月生まれの人たちばかり。大勢の人を呼ぶとピキがなにかとストレスを感じるので、今年はピキへの配慮にて小さな会にしたのだった。ここのところ、緊張状態が続いていたので、料理をして頭をからっぽにして、おいしいものを友達と食べてワインを飲んで、また頭がからっぽになって、リフレッシュの一夜だった。数人の友達が終電を逃して泊まることに。みなが寝静まった後、ピキが寝室にやってきて、久しぶりに私の横で眠ってくれた。ピキの背中をそっと撫でながら私も眠りに落ちる。素晴らしい毛並みを持つピキの背中はビロードみたいだね。夜と同じ漆黒の、すべてを覆うような。すべてを包むような。

10.02.19(晴れ)


「あっ、お気に入りリボンだ!」と、目がぴかりと光るピキ。 ★
3月のライブを控え…って、まだ1ヶ月くらい先の話なのだけど。3月末はBonzour Japonの入稿と重なっていて、しかも今回は校正に時間がかかりそうなので、ライブの準備をうんと早く進めることにした。今度のライブには、新しい挑戦が多々あるのだ。ヴァイオリンとトロンボーンの加入。そして、コーラスラインも加わる。それぞれのアレンジ楽譜を起こす前に、今まで自分が書いた曲の楽譜を一気に整理することにした。ちまちまとライブのために起こした(または、ギターの円山くんが起こしてくれた)楽譜を見て、その膨大な量にびっくりした。ちりも積もれば山なんだなあ。小さな力を重ねることが、この世で一番強いことなんだなと思う。目の前の楽譜をちまちまと曲別に分けていたら、リビングの床一面、埋まってしまった。そこへ登場のピキさん。「うにゃ〜い!」とばかりに喜んで、楽譜の上を行ったり来たり。あっ、だめー!そこは踏まないで!などと母に注意されると、ちゃんと聞き分けて、楽譜の池の周りでうろうろと様子を見ている。しかし、久しぶりに遊びたい気持ちが起きるほど、ピキの調子がよいことに気がつき、お気に入りの金のリボン(カフェ・ドゥ・マゴのリボンがなぜか、むしょうにお気に入り)を取り出して、ぴょいぴょい動かして遊んであげる。若い頃みたいに、全身でジャンプ!はないものの、上半身を伸ばしてリボンを捕まえたり噛んだりするピキ。あはは、たのしーね。ピキと遊んでると、私も猫になっちゃうよ。さ、もう少しでファイリングが終わるから、もうちょっとお池の周りでぐるぐるしておいで。

10.02.18(晴れ)


ちゃんとお布団に入って寝ているピキ。疲れたね。いい夢みろよ。 ★
昨日、全身麻酔によるCTスキャンという、弱った体にはしんどい検査をしたにもかかわらず、なんだか急ににゃあにゃあと元気を取り戻したかのようなピキ嬢。今日も朝から猫バッグにつめられて、病院へ行く。昨日、キャミックで頂いたCT画像のCDRと画像写真を大きな袋のまま抱え、車でぶいぶいと出かける。ところで、ピキを車で病院に連れてゆくとき、そんでなくとも気の小さいピキが、周りの騒音のストレスを受けないようにと、気持ちのいい音楽をかけるようにしている。小さな頃からミュージシャンの母と暮らしているピキは、ずいぶんとたくさんの音楽を聴いてきた。傾向を見ていると、彼女の好きなジャンルは、ジャズ、ボサノヴァのようだ。母の大好きなスティーヴ・ライヒのような反復音楽は好きでないらしい。古い自家用車Miniに搭載された、古いカセットデッキから流れるのは、60〜70年代の音楽。かけるとたいてい鳴きやんで、おとなしく落ち着いた様子を見せる。ところが、母的にはピキが病気になってからというもの、ここに収録されている音楽=ピキの動物病院通い、というイメージが定着してしまって、通院以外で聞くことができなくなってしまった。S先生のところへは、キャミックの先生からすでにメールで詳細な検査結果が届けられていた。私が持参した画像を丁寧に見るS先生。それと併せて「よかったですね!これといった病原は見つかりませんでしたね。」と明るい顔でおっしゃった。ただ、キャミックの先生もおっしゃった通り、胃カメラをやって細胞診(病片と思われる部分を少し切り取って、検査をすること)をやってみない限り、正確な病原は突き止められないとのことだった。しかし、S先生の今のところの見解では、がんによる出血なのだとしたら、この程度の治療では出血がおさまることは考えにくい、ということだった。ひどい胃潰瘍なのか、それとも年齢からくる内臓のガタなのか。とにかく、他の臓器が原因ではないことがCTではっきりしたので、今後、様子を見ながら、今度こそ、体重が増えて体力が快復したときに、胃カメラ検査をやりましょうという治療方針が決まった。普段、診察台の上でとてもおとなしいピキは、なんだか今日に限ってすこぶる元気。いっちょまえに、点滴をちょっと嫌がってみたりして。家に帰ると、いつものように'ここは私のおうちなの?!'点検後、ベッドルームにとことこ移動。なんだか急に静かになったので覗きに行ってみると、自分からお布団に入って、人間みたいにすやすやと眠ってしまっていた。ああ、疲れたんだな。そりゃそうだよな。昨日は激しい検査で、今朝は、また間髪いれずに点滴だものな。元気に見えたのは、興奮していたからなのかもしれないね。かわいい…。ゆっくり好きなだけおやすみよ。ママ、ちゃんと見てるから。

10.02.17(晴れ)


ピキ、具合悪そうだね…。(カメラなんか向けてごめん。。。)★


お目目かっぴらいて「今度はどこに連れてくにゃっ?!」★


きゃー!ピキ透け透け。体内、こんな風になっております。 ★
朝目が覚めると、すぐにピキを探す。病気になってからというもの、いつもベッドで一緒に寝ていたピキは、ひとりでこっそりと眠るようになってしまった。それでも、調子がいいときは、リビングのソファーにながながと横たわっていて、それを見るだけでほっとする。午後一番に、S先生の動物病院へ行き、全身麻酔検査前の点滴をしてもらう。こんなにやせてしまったピキに全身麻酔を施すなんて大丈夫なのだろうか。と不安な面持ちの私に、S先生は「今日行かれる検査機関は信頼のおけるところです。薬も安全なものを最小限で使いますし、ピキちゃんも昨日点滴をされてから吐いてないようですし、心配しなくても大丈夫ですよ。」と声をかけてくださった。予約した16時にピキを連れて行く。動物病院ではないけれど、もちろんここには獣医さんがいて、今までの病気の経過とピキの様子を細かく伝える。ピキは奥の部屋に連れていかれ、検査の準備が始まった。「2時間ほどで終わりますが、麻酔がどのくらいで切れるかは猫々で違いますので、一度お帰りください。電話でお迎えの時間をお知らせします。」と伝えられ、いったん家に戻る。電話機を常に持ち歩いて連絡を待つ。せっかく家に戻ってきたのだから、何か少しでも仕事を進めようと思うが、まるで手につかない。夕方、思ったよりも早い時間に連絡がきて、すぐさま車で迎えに行く。「とても麻酔の覚めがよかったですよ。」と先生。そして、撮りたてのCTスキャン画像を見ながら説明を受けた。S先生も私も懸念していた胃がんの腫瘍は見当たらず、他の臓器にもとりたてて異変は見られなかった。よかった…!思わず涙がこぼれる。しかし疑問が募る。何も問題がないはずはない。あんなに血を吐くなんて。すると先生が「胃がんには、稀にCTでは写らない胃壁に薄く付着するような皮膚がんのような形のものもあります。それは、胃カメラ検査でないとはっきりはわかりません。引き続き、主治医の判断を仰いでください。」とおっしゃった。がーん…そうかー…。って、まだがんと決まったわけじゃない!ひとまずCTはクリアしたのだから、きっと大丈夫だ。猫バッグに入れられて連れてこられたピキは、本当に全身麻酔後なのか?!と疑うほど、にゃあにゃあ文句を言って元気一杯。どうしちゃったの?!ショック療法で全快…なんてことはあるまいな。車に乗せて家路を急ぐ。「ピキがんばったねえ!CT検査結果、問題なしだってよ。」「にゃにゃっ、にゃにゃにゃーにゃ…(とんでもない目にあったにゃ。怒)」など会話しつつ。●動物検査センター'キャミックひがし東京'  http://www.camic.com*この検査機関と同じ建物にある'ひがし東京夜間救急動物医療センター'も その後、ピキがお世話になることに。信頼のおける動物医療機関です。
http://doubutsu-yakan99.com

10.02.16(晴れ)


ピキの喀血。
夕べ、ピキの様子をしばらく見守って、眠りに落ちたのを確認してから自分もベッドに入った。ごはんは昨日の朝あげたままの手付かずになっている。その後は吐いていないようで、しばらく様子を見ていたら突然、喀血。急いでS先生のところへ駆け込む。レントゲンの写真をもう一度注意深く見ながら先生がおっしゃった。「もう体力が回復するまで待てませんね。まずは、体全体の病原をつきとめるためにもCTスキャンをしましょう。」幸い、動物の高度医療検査機関が家の近所にあり、明日の予約が取れた。全身麻酔の検査となるそうだ。ぐんにゃりしたピキに点滴を打ってもらい、明日の朝、検査前にも体の負担を減らす目的で点滴を打ちにくることになった。私が悪い。強くそう思った。ここしばらくピキの調子が落ち着いていたものだから、パテ以外のごはんも少しあげたりしてしまったのだ。なんてことをしたのだろうと思う。そして、なぜそんなことをしたのかと考えれば、ピキが普通のごはんを食べている様を見ることで、このまま元気になってくれるような幻想を抱いたからだ。なんてエゴイストなんだろう。なんて弱いんだろう。お前がピキの代わりに死ねばいいと自分に向かって責めたてる。点滴をしてほっとした様子のピキを抱いて、がっくりと頭を垂れたまま家に戻る。ピキはOのTシャツケースの中で、丸くなって眠り始めた。その後、具合が悪い風だがピキは落ち着いた様子。母の悔恨、真夜中まで続く。