バウムクーヘンレコーズ  渦を巻く徒然なる日々の記述 

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08.08.15(晴れ)

ドーナッツプラントのある某TV局ビルにて。異様に賑わってます。★
昼、退院後初の受診に病院へ行く。先生は傷を見て「きれいですね!テープかぶれもないし、とても順調ですよ。」と言ってくださった。私は手術後、自分の傷をはじめてまじまじと見た。実は己のことながら、痛々しくて直視できなかったのだ。傷は、恥骨の少し上に横一文字、9センチほど。周りにしこりがあって、その周辺はまだ痺れたまま感覚がない。傷の内側のみを溶ける糸で縫っているので、抜糸もなく、傷の表面に縦のぎざぎざ(漫画でよくある、ヤクザのほっぺ傷みたいなやつ)もない。表面上、切っているのは9センチだけだが、その内側はかなり広くおなかを開けているので、皮下出血跡が黄色く変色している。そして、下腹部からおへその上あたりまで、ぱーん!と腫れていて、ウエストなしの超キューピー体系だ。元々キューピーなのに、さらにキューピー。しかも、チュニジア焼けした黒いキューピーである。このまま一生キューピーだったらどうしよう…と急に不安になって、阿呆な質問を先生に投げると「あははー。だいじょうぶですよ。じょじょに腫れもひいてきますし、しこりも取れてきます。まあ、本当に元通りになるには半年くらいかかりますかね。」と笑われた。あははー、よかった。病院後、普段めったに行かない場所へ行く。それは、某TV局のあるビル。なぜならそこには、都内にも数店舗しかない‘DOUGHNUT PLANT NEW YORK CITY’があるからだ。私はここのドーナツが大好きである。特に‘FILLED SQUARE’と呼ばれる、中にとろりとしたクリーム入りの四角いベーカリードーナツのおいしさといったらないですよ!今日は、私と同じ時期に開腹手術で入院している友達のために、ここのドーナツを買いにきたのである。私が食べ物で生きる気力を取り戻したのと同じく、彼女にもぜひ食欲で元気になってもらいたいと思い。先日、彼女と電話した際、「今、一番食べたいものはドーナツ。」と言っていた。それで、見舞うならドーナッツプラントしかないと思ったのである。京都の喫茶店・六曜社で食べるような、クラシックなドーナツも大好きだけれど、ドーナッツプラントは、原材料にもとてもこだわりがあるので、病み上がりの彼女の体には、こっちのほうがいいと思ったのもある。相変わらず牛歩状態で店までたどり着き、彼女の分と自分の分も買って、夏休みでにぎわうTV局ビルを後にした。帰りの車の中でがまんできずに、キャラメルクリームの入ったFILLED SQUAREにかぶりつく。ああ…生きてるなあ。

08.08.14(くもり)

この皮のところがネ♪たまらんのですよ。★
朝、ゴールドメンバーから伊東の干物が届く。ゴールドメンバーとは、家族同然の親友グループの別名で、毎年このメンバーで伊東の花火大会に行っているのだけど、今年は入院のためにOと私は不参加だった。それで、他のメンバーがおいしい干物を宅急便で送ってくれたのだ。心から嬉しい!なんてありがたい!さっそく白いご飯をたっぷりと炊いて、この世で好きなものベスト3に入るであろう、金目鯛の干物を焼いてうほうほいいながら食べる。とくに私は、この金目の干物の皮部分が大好物。脂の乗った金目鯛の皮をぱりっと焼いたうまさは筆舌につくしがたい。それにしても、私のこの異常な食欲といったらない。朝昼晩と、しばらくは定時に薬を飲まねばならないのもあって、かなり規則正しく食事をとっているのだけど、食べる量は回を重ねるごとに増え、食べていない時間といえば、食エッセイ本と料理本を交互に見て、「これ、作りたい!」だの「これが食べたい!」とばかり言っている。Oもさすがに呆れ気味。しかし、落ちた体重が増える気配がまったくないのだ。それほどまでに、体は枯渇しているということか?入院前から、すこぶる元気だった腸はまっさきに全快してしまったようで、活発に活動しているのはよいのだけど、おなかが張ってくると傷が痛い。それで、食後は、マンションの廊下をのろのろと何往復かするリハビリが定着した。本当は思いっきりストレッチがしたい。が、そんな恐ろしい動きは当然まだむり。20歳くらいから、泥酔しても、発熱しても1日たりとも欠かさなかった睡眠前の柔軟体操は、ここへきて中断をよぎなくされた。早く、思いっきり筋を伸ばしたい。本当に再び、バレエのレッスンに行けるようになるのだろうか?なんて気弱になってみたり。筋伸ばしどころか、咳やくしゃみですら傷に響いて殺人行為の現在。あー、なんかもやもやする。そして、焦ってもしょうがないでしょう、と、また飯を食らう。

08.08.13(晴れ)

こちらが、病院で買った腹帯。暑いけど、サポート力は抜群です。★

福島の桃。ほーんと、桃はうまいし、香りもよい。桃を食べると、いつも「女の子ができたら、桃ちゃんがいいな。」と思ってしまう。★
朝、田舎の母より宅急便が届いた。実家の呉服店が夏の大売出しをするこの時期、母と弟T1は、徹夜してでも見舞いにくると嬉しいことを言ってくれたのだけど、この暑いさなか、そんなことをしては、逆にふたりがやられてしまうと、申し出を丁重に断った。それで、心づくしのおいしいものをいろいろと送ってくれたのだ。中には、わざわざ新品を洗いにかけた腹巻も入っていた。うむ、この腹巻、なかなかいいぞ。術後、ずっと腹帯というおなかのサポーターみたいなものをつけていて、しばらくはこれが離せないのだけど、夏場の現在、すごく暑い。母が送ってくれたものは、薄手でしなやかで快適だった。あいかわらず愉快な手紙も添えられて。手紙に負けない愉快な母よ、ありがとう。箱の中には、福島産の桃も入っていた。常日頃思っていたことなのだけど、日本のくだものは世界に誇るうまさだということ。糖度が高く、ジャムやお菓子などの材料にするという発想よりも、そのまま食べていかにおいしいかを重視しているような気がする。だから、そのままが一番おいしく、完成度が高い。桃、すいか、梨、はことさらうまい。フランス人の友達が日本に来たあかつきには、ぜひ日本のフルーツを食べてもらってびっくりした顔が見たいと、いつもひそかに思っている。そういえば昔、青森のりんご農家の青年が、日本の甘くておいしいりんごを持ってフランスの街頭に立ち、フランス人にりんごを振舞うという企画をTVでやっていた。りんごは酸味こそにうまみありというフランス人の舌には、日本のりんごは甘ったるくて評判がいまひとつだったのだけど、面白かったのは、フランス語がまったくできないはずのどっぷり青森弁の彼が、なんとなくフランス人と心通わせてコミュニケーション出来ていたところ。たしかに、文章のイントネーションが青森弁とフランス語ではよく似ている。英語はさっぱりの私も、フランス語にははじめから馴染みがよかったのも、もしかしたらネイディヴ東北弁がしゃべれたからかも?なんて、わけのわからない自信が持てたっけ。

08.08.12(晴れ)

わお!うなぎっ!U・N・A・G・I、う・な・ぎっ!★
朝、傷口の消毒とガーゼの張替え、エコー検査を終えて、退院の準備をし始めた。先生、看護婦さん、本当にお世話になりました。病室で先生や看護婦さんと日々のことや医療のことなど、興味深かったり、楽しい話をたくさんした。そして、医療に携わる仕事の過酷さや、重大さ、そしてその仕事に従事する人たちの強さも目の当たりにした。私は今日、ここを出て娑婆に戻る。それがひどく不思議な気持ちなのだ。昨日まで、家族の誰よりも親身に介護してくれた人たちは、ここに残って、たくさんの人たちの命を救い続けてゆく。だって、それが仕事じゃない、では片付けられないような深い感慨が体中に満ちる。昼前、Oがばたばたと迎えにやってきた。かたつむりのようなのろい動きながらも、あらかた退院の荷物まとめをひとりで終えて、TVでオリンピックを見ていた私。病院のスタッフさんたちにお礼を告げて、車に乗り込んだ。「さて、なに食いに行く?」というOに、見て見て!と、入院中書き出した、食べたいものリストを見せてあれこれ迷う私。悩んだ末に「モンブランのハンバーグ。」と言うと、「けっ、しけてんなあ!やっぱうなぎだろ!うなぎ!」と、Oは勝手に鰻屋へ向かって走りだした。そ、それってどっちかっていうと、あんたが食べたいものなんじゃ…まあいいか。久しぶりに食べたうなぎは、おいしすぎて味がよくわからなかった。頭の中でふくらみすぎた、食べ物のイメージが膨大になりすぎたのと、いきなり入ってきたおいしいものに、味覚も脳も麻痺寸前といったところか。うなぎの後は、人形町の快生軒へ行き、ペリカンのトーストとコーヒーをぺろり。いきなりの暴食である。家に戻ると、それまでしおらしい動きしか見せなかった腸が、ぎゅるぎゅると活動をはじめ、すっきりさっぱり爽快。いやー、荒療治だけども、やっぱり食べたいものを食べると、体も本来の調子を取り戻すってか。しかし、腸に反して、足腰の弱り具合は驚くばかり。5メートル歩くのに2、3分かかっちゃうって、国会議員の牛歩みたい!

08.08.11(晴れ)

入谷の朝顔市のとき、鬼子母神神社で買った身体お守り、朝顔付が今回の守ってくれました。感謝!★

北島選手。いやー、スポーツっていうのは、ほんと、人に感動を与えますね。★
入院7日目。おとといの夜、再度入れた尿カテーテルを、外してみようということになった。またおしっこがうまくでなかったら怖いなあと思いつつも、なに、気にしすぎるのも良くない、でなかったらまた先生と相談してどうにかすればいいやと開き直って、朝ごはんを食べてから抜いた。ところで術後、自力で排尿するときは、トイレにおいてある紙製のビーカーのようなもので、おしっこの量を測り、紙に記入する。毎回の量を足していって、最後に1日の総量を見るのだ。それで、どのくらい機能が回復しているのかがわかる。私が入院している婦人科病棟は、大半の人が開腹手術をしているので、私も含め、トイレからは「うーん…」という唸り声が聞こえる。みんな一生懸命自分の体と格闘しているのだ。自分も辛いが、おとなりから「うーん」の声が聞こえたときには、思わず心の中で、がんばって!とエールを送ってしまう。そして、放射線治療や抗がん剤でやせ細った体の患者さんも多い。けれど、見た目の姿を突き抜けた、なにかこう凛とした強いものや、明るさも感じる。何気なく生きているのではなく、自分の意思で確実にそこにいるからなのだと思う。命が1秒1秒を感じながら佇んでいるというのはこうゆうことなのだと、言葉にならない大事なものを教えられる。夜、先生がやってきて「経過が良いので、明後日退院予定のところを、明日にできますがいかがですか?」とのこと。やったー!「はい!明日退院します。」と、即答。病院は快適で、看護婦さんたちも皆良い人ばかりで離れがたくはあったものの、やっぱり我が家に帰りたい。そして、普通のご飯をおなかいっぱい食べたい!実は、ここまで順調に回復できたのは、ずばり食い意地のせいだと断言できる。リハビリ散歩と眠っている時間以外、ずっと暇だったので、何かとTVを見ていたのだけど、見るものといえばグルメ番組、お料理番組の類のものばかり。そして、レシピを書き留めてみたり、美味しいレストランをメモってみたり、そこから連想した食べたいものをリストアップするなど、笑っちゃうほど食べ物のことばかり考えていたのだ。そして、激しく何かを食べたいと思えば思うほど、私はどんどん元気になっていった。生きる気力の源は‘欲望’なのだと骨の隋までしみじみと思った。欲がなくなったら人間、おしまい。少なくとも私は、そう。ぎらぎらと欲望を募らせて、明日いよいよ退院。おっ、北京では水泳の北島選手が金メダル。ここでも命がらんらんと輝いているね。

08.08.10(晴れ)

これが、血栓予防ストッキング。お値段はたしか、3〜4000円ほどだったかな?★

病院食も食事らしくなってきました。今日はうどん!!感動・・・★
夕べ、先生と相談して、尿カテーテルを再び入れることにした。こんなに頻繁にトイレへ行ってうなるようでは、睡眠不足になって、術後の弱った体にダメージがきてしまうという判断にて。最初にカテーテルを入れたのは、全身麻酔中だったので、記憶も痛みもないが、今度はしらふで入れねばならぬ。導尿用のチューブよりも太いカテーテルを入れるときは、さすがにちょっと痛かった。そして慣れるまでの1,2時間、どうにもむずむずして落ちつかなかったのだけど、トイレに行かねばならぬ強迫観念から開放されて、気分もずいぶん上向いてきた。朝、看護婦さんに手伝ってもらい、入院後初めてシャンプーをした。髪を洗ってパジャマを着換えて、気分さっぱり。またひとつ気分が上向いた。ところで、手術後ずっと履いているものがある。‘Anti-Embolism Stockings’という、塞栓症を予防するためのストッキング。足先に変わった形の穴が開いており、かかと、ふくらはぎ、ももなどに独特の締め付けを感じる。これを履いていると、足の血管内に血栓ができるのを防いでくれるのだという。正式名称:静脈塞栓血栓症は、いわゆる‘エコノミー症候群’の名前で知られている病気と同じメカニズム。詳細は→(http://ja.wikipedia.org/wiki/%
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%E6%A0%93%E5%A1%9E%E6%A0%
93%E7%97%87)エコノミー症候群、という名前があまりにも定着しすぎてしまい、「え?飛行機の、しかもエコノミー席に座らないと罹らない病気なんでしょう?」と、私も思いこんでいたのだが、体を動かさない生活や、狭い場所で長期間同じ姿勢を取るなどの条件がそろってしまえば、どこでも誰にでもありうる怖い病気。静脈内に出来た小さな血の塊が、血流に乗って勢い良く心臓や肺などの重要器官へ飛び、血管を瞬時に詰まらせる。場所が悪ければ即死なのだとか。術後2、3日は思うように動けず、人によっては寝たきりになってしまうので、この血栓予防ストッキングは必需品というわけ。そういえば、手術日の晩は、ふくらはぎに小型マッサージのような機械が取り付けられて、ふくらはぎをずっと揉まれていた。これも血栓予防のため。しかし、2、3日寝たきりになったり、飛行機に長時間乗っただけで(ちなみにエコノミー席だからかかるのではなく、ファーストクラスでもかかります。このネーミングはよろしくない)かかるなんて、ピンとこないなあ。それで看護婦さんに「実際に、術後血栓症の現場に出くわしたことはありますか?」と質問してみたところ、その看護婦さんは2度ほどあったという。術後、傷を痛がってあまり動こうとしなかった患者さんがいよいよベッドから起き上がって歩行訓練しようとした際、立ち上がった瞬間にばたりと倒れ、意識不明になったという。そのうちのひとりは、蘇生術をほどこして一命を取りとめ、もうひとりは即死だったという。この話を聞いて、なぜこんな白い奇妙なタイツをはかねばならぬのか?手術の翌日から、むりやり起きて歩くことを強く勧められたのかが理解できた。怖いのは、傷の痛みではなく(これは、切っているわけだからごく当たり前のこと)二次的な症候群の方なのだ。人間の体は、何気ない普段の動きで、きちんと筋力や機能バランスを保っているのだなあとしみじみ思った。これはなんでもないようでいて、実はとってもすごいことではないだろうか!

08.08.09(晴れ)

初の固形物が登場!ほうれん草のおひたしを食べたときの感動たるや、ちょっと言葉にはいい表せないものがありました。★
入院5日目。朝、先生と看護婦さんが検診にやってきて、「経過が良いので、今日は尿カテーテルを抜いてみましょう。」と言った。しかし、急に抜いても、膀胱内に残尿があるらしく、自力でどこまで排尿ができているのかを調べるために、トイレに行った後、‘導尿’なるものをして、残尿量を調べる必要があるのだとか。それで、トイレ後、看護婦さんを呼び、ゼリーを塗った管を尿管に入れてもらい、残尿量を調べてもらった。(ちなみに、ちょっと恥ずかしい導尿だけど、痛みはほとんどない)1回目は、あまり残尿がなくて「大丈夫みたいですね。」と喜ぶが、その後、2回目、3回目と残尿が増えてしまい、しまいにはほとんど自力で排尿ができなくなってしまった。おしっこがたまると、おなかが張って傷がえらく痛む。膀胱炎のような痛みを常に感じながら、トイレで踏ん張るのはなかなか辛いものがある。おしっこが自力で出来ないだけで、こんなに凹むものなのかというくらい、凹んでしまった。そして、ほぼ1時間でおなかが張るので、おちおち寝てもいられない。あーあ。夕方、ライターの友達、とらちゃんがお見舞いにきてくれたのだけど、うーうー言っているばかりで快活におしゃべりすることもできない。それでも、時々ベッドから起き上がって、椅子に座ってみたりする。寝てばかりいて、腰がえらく痛むのだ。シップをもらって貼ってみたり、少し歩いてみたりしてなんとかやりすごす。ともかく、早くおしっこがうまくできるようになるといいなあ。

08.08.08(晴れ)

こちら、術後初めての‘ご飯’。汁ばかりでもありがたや・・・ありがたや・・・★

かりんちゃんの花束。お花っていうのは、本当に見ていると心和むものですね。★
入院4日目。夕べ、飲水が開始できたので、今日のお昼からご飯が出る!が、回診にやってきた先生が「期待しないでくださいね。最初は‘なんじゃこりゃ?!’っていう、流動食からはじめますから。」と言う。そして問題の、なんじゃこりゃ流動食がやってきた。すべてが‘飲み物’。うすい重湯と、かつおだし汁にしょうゆを少々混ぜたもの。それにコーンポタージュ風味の謎のスープ。すべてが汁なのである。でも、なんじゃこりゃ?とは思わなかった。かすかなかつおだしを舌が感じただけで、体が喜んでいるのがわかる。それほどまでに飢えていた。汁だけだろうが、味が薄かろうが、口から食べ物を摂取できるということはなんて幸せなことだろうか。ところで、お食事の話の直後に下の話をするのもどうかとは思うが、現在、尿カテーテルを入れている。術後5日間、脊髄に麻酔ケーブルが入っていて、腹部にぼんやりと麻酔が効いている。そして、腹筋をまるで使えないので、おしっこを自力でするのはとても難しいのだ。尿バッグは、点滴と同じポールの下部にひっかけてあり、それを定期的に看護婦さんが出しに来てくれる。夜中でも、ちゃんと定期的に出しにてくれて、「看護婦さんは本当に偉大な仕事をしているなあ。」と感謝にたえない。夕べも夜中に看護婦さんが出しにきてくれたのだけど、夢なのか現なのか、よくわからないものを見た。看護婦さん自身が、半透明のプラスチックの尿ボトルになっている。そして、その体に私の尿が溜まってゆくのだ。たくさんの点滴をしているから、幻を見てしまったのだろう。ところで、私と同じく現在、開腹手術で入院している友達がいて、その子とメールで頻繁にやりとりをしているのだが、彼女も「人の顔が全部動物に見えた。」らしい。公的にらりれる貴重な時期だね、なんて笑った。午後、フローリストのかりんちゃんが、私の大好きな白いオールドローズの花束を持ってお見舞いにきてくれた。殺風景な病室に、アルプスの風が吹いているみたい。

08.08.07(晴れ)

立った!クララが立った!顔がパンパンにむくんでますねえ・・・★
夕べはOが病院に泊まった。1泊400円で借りた簡易ベッドは、野戦病院か?!と見紛うような簡単な作りのもので、こんなんで寝れるの?と心配したが、やつは寝た。しかもぐっすり。夜中2時間起きに看護婦さんが見回りにきて、点滴を補充したり、献身的に看護してくれたのだけど、その間、Oは一度も目を覚ますことなく、快適に眠っているようだった。うらみごとを言っているのではなくて、そのくらい楽ちんな雰囲気をキープしてくれている方が、こちらも気が楽でいいということ。眉間にしわをよせて「大丈夫?!」とこられても、「らいりょうぶりゃない。」と、答えるしか術がないもの。ところで手術後は、まず‘おなら’が大事。開腹手術は皆同じような経過をたどるらしいのだが、たとえ腸を直接いじる手術でなくとも、おなかを開いて、隣接する内蔵を引き出す際に、多少腸機能にも影響が出る。それで、とにかくおならがブーと出ないことには水を飲み始められない。水分と栄養はある程度点滴で補っているものの、なるべく早く自力で飲んだり食べたりできるようになるのにこしたことはない。午後、看護婦さんが「自力で起き上がれますか?できたら少し歩けるといいんだけど。付き添いますからやってみましょう。」と言う。さすがにこれにはOも「ええ…昨日切ったばかりで、大丈夫なんでしょうか?」と心配顔。私は、手術前から何度も術後の歩行訓練のことを聞かされていたので、「にゃ、にゃんばりまふ。」(腹に力が入らず、ろれつが回らない)と、言うと5分くらいかけて脂汗をかきながら何とか起き上がった。点滴で痛み止めは入れているけれど、やっぱり痛い。腹部はぱんぱんに腫れ、樽のようだ。樽に小さな剣を指してゆくゲーム‘黒ひげ危機一髪’あの樽を思わせる。動いて激痛が走るたび、誰かが剣を、えい!と突き入れているイメージが浮かぶ。付け髭をつけたら、首だけぽーん!と飛んでいっちゃうのではないか?などと、くだらない妄想が浮かび、あははと笑いそうになるが、笑いも禁物。とにかく腹に力を入れるのは殺人行為なのだ。腹筋に感謝したことなど、生まれてこのかた一度もなかったが、こうなってみると、人間の動きのほとんどは腹筋を中心に回っていることがよくわかる。偉大なる腹筋よ。私は残りの人生、あなたに感謝して生きてゆきます…。さて、なんとか起き上がったはいいが、自力で立ち上がることがどうしてもできない。それで、看護婦さんの首ねっこにつかまらせてもらい、なんとか立てた。おお、立てるじゃないの!そして、一歩ずつ、まるでかたつむりのような速度で歩きだす。再び5分くらいかかって廊下まで出れた。アルプスの少女ハイジの一節より拝借して「にゃ、にゃった!クリャリャがにゃった!(訳・た、立った!クララが立った!」と言うと、周りが爆笑。私も爆笑したいけれど、笑えば黒ひげ危機一髪だ。病棟の廊下を3分の1まで歩いて、今日の歩行訓練はおしまい。「いいですね!がんばりましたね!」と看護婦さん。だって、一刻も早くおならを出したい。そして水が飲みたい。飲水が開始すると、次の日からご飯が食べられるようになるのだ。そう、私のこのがんばりは、ひたすら食い意地から来ている。とはいえ、今日の段階では食欲を感じる余裕もないのだけど。意地汚い私の脳だけが、‘タベモノヲハヤクヨコセ’と指令を出してくるのだ。ところで術後、なぜこんなにも早く歩行訓練を始めるのかというと、それにはいくつかの理由がある。人間は横になってばかりいると、横隔膜が上がり、十分な酸素を取り込むことができない。肺の機能が低下すると、痰を排出する力が弱まって肺炎の原因になってしまう。立ち上がることで、自然に横隔膜が下がり、呼吸もしやすくなるのだ。そして、1日寝ているだけで筋力は著しく低下する。笑う、起き上がる、歩く、という元気なときには特別深く考えたこともない日常のありきたりな行為は、生きる力を生み出しているのだなあとわかる。ところでおなら。夜、誰の手も借りずに、自主歩行訓練を少しだけやった後、貧弱ながら、初おならが出た。やった!屁をこいてこんなに嬉しかったことはない。放屁開始の旨を看護婦さんに伝えたところ、「よかったですね!お水が飲めますよ。」と喜ばれた。屁をこいてこんなに喜ばれたことも人生の中で始めてだなあ…新鮮。

08.08.06(晴れ)

手術室から生還の直後。まだ、麻酔が覚めきってません。★
本日、手術の日。夕べは睡眠薬とここのところの疲れが相まってちゃんと眠れた。朝7時に看護婦さんが点滴を持ってきて、体温や血圧を計る。手術は9時から10時くらいに始まるというが、この時点では正確な時間がまだ出てないのだとか。今日、手術をしてくださる執刀医兼私の主治医は、世界的な婦人科系の名医なのだけど、それだけに年間の手術件数も半端じゃない。今朝もすでに7時から、ひとつ手術が始まっているという。その経過によって、私の手術時間が決まるのだとか。先生の方が倒れやしないか心配だ。手術着に着替えて、TVを見てぼーっと待っていたら、汗だくのOが病室に到着。9時半すぎに車椅子に乗せられて手術室へ移動。なぜ手術室まで車椅子なのかは不明。ぜんぜん歩けるのにな。転んで怪我をしないようになのかもしれない。Oとは手術室前でお別れ。「がんばれよ。」と、ドラマみたいなセリフを言うO。「うん、がんばる。」とは言ったものの、全身麻酔で記憶が吹っ飛んでいる私にはがんばりようもない気がする。どちらかと言うと、「先生、看護婦さん、がんばってください!」が正しいのかもしれない。手術室はほの暖かく、白く清潔で、リラックスできる音楽が低く流れていた。医療ドラマで見る、冷たくて張り詰めた空気はまるでない。手術台に寝転がり、裸になる。体の上には軽い素材で出来た、夏、海で遊ぶ空気イカダのようなものがかけられ、その中を暖かい空気が循環している。あー、ぜんぜん緊張しないなあ。などと思っていたら、麻酔医の先生登場。ゲッ、忘れていた…恐怖の脊髄ケーブル通しがあるんだった!横向きになり、背中を海老のように丸くまーるくして、じっとする。まずは背骨のあたりにちくりと注射をする。痛いといえば痛いが、風邪のときなんかにする筋肉注射に比べたら屁でもない痛さ。そして、「背中の中に何かが通るような変な感じがしますよー。」と言われ、実際その言葉通りに、背骨の中に糸のようなものがするすると下りてゆく感じがする。「はい、終わりました。」あらー、拍子抜け!ぜんっぜん、痛くなかった。(後から聞いたのだが、この麻酔を入れるときの痛みは、麻酔医の腕によってかなり異なるとのこと。皆さんも手術の際にはいい病院を選びましょう!)その後、注射による全身麻酔を施され「はい、眠くなりますよ。」と声をかけられる。過去に全身麻酔を2度ほど経験しているが、いつもなにくそー、麻酔なんかで眠るかーというおかしなチャレンジをしてしまう。そして、今日も抵抗空しくあっという間に眠る直前、まわりのスタッフの方々に向かって男前な調子で「よろしくおねがいしまっす!」と叫び、がくんと眠った。(らしい)気がつくと病室で、右も左も点滴の線だらけだった。酸素マスクをつけられていて、頭の上では酸素を作り出す装置からこぽこぽという音が聞こえる。Oが興奮気味に、「手術のすぐ後にさあ、先生がお前の体から取り除いた筋腫を見せてくれたんだよ。3つあってな、その中のひとつがテニスボールくらいの大きさでびっくりした。こんなものが体の中にあったのかあって。」と、報告した。麻酔が覚めきっておらず、ろれつのまわらない口で「わらしもみらい。」と言うと、「写真に撮ってくれたみたいだから、後で見れるよ。」とのこと。痛いんだか、何がなんだかわからない。とにかく体のどこにも力が入らず、夢なのか現なのか境目のはっきりしない時間が静かに過ぎてゆく。

08.08.05(雨)

はい、これが籠。普段はもっぱらタオル入れなど家の中で活躍しています。★

はい、最後の晩餐ならぬ昼餐。しばらくご飯とさようなら。★

これからしばらくは点滴をつなぎっぱなしです。あら、かなり余裕ぶちかまして笑ってますね。(明日以降、まったく笑えなくなることも知らず…)

病室の窓から見える東京タワー。思わず手を合わせて南無南無・・・★

朝、早く起きて、入院の準備をする。10時までに病院へ行かねばならぬというのに、この時点でひとつも用意が出来ていないのだ。不真面目な入院患者だなあ…と思いつつ、急いでパジャマだの洗面用具だのを大きな籠の中に放り込む。この籠は、5月に取材先のマルセイユで買った、かなり巨大なマルシェ籠。あまりにも大きいので、持ち手の部分の他に、斜めがけが出来る皮のストラップがついている。確かに、この中に野菜を満載したら、持ち手だけでは、運べないだろうな。ところで、今日から半断食が始まる。朝は、レトルトの白粥1パックのみを食べてきてください、と病院から言われていたので、そのようにする。わー、おかずのないお粥って、すごく味気ないなあ。Oの運転で病院に到着後、すぐさま、入院の手続きやら検診やらで忙しくなる。お昼ごはんは病院で出してもらった。割と普通のご飯で、嬉しい。看護婦さんが「これが最後のご飯です。しばらくは断食で、夜9時以降は水も飲めませんのでがんばってください。」と言われる。あーあ、食いしん坊の私には、手術そのものよりも辛いかもしれないないなあ。午後、麻酔科の先生がやってきて、明日の麻酔についての説明を受ける。施される麻酔は2種類あるという。1つは、通常の全身麻酔。それと、全身麻酔の前に、脊髄に細いケーブルを通して、術後5日間ほど、軽い部分麻酔を続け、切開した痛みを軽減するという。わあ!そっちの方がなんだか怖い。意識がある状態で脊髄にケーブルなんか通して大丈夫なのだろうか?先生の説明では、まず背中にちくっと注射をして、部分麻酔をしてからケーブルを通すので、痛みはないとのことなんだけど、神経の結集している脊髄にケーブルを通すこと自体、素人の私からしてみれば、危険なイメージしかない。ところで、入院1週間前の手術説明の際、手術に伴う危険性をすべて説明してもらい、たくさんの書類にサインをした。たしかに、危険ゼロパーセントの手術なんかありえないわけで、麻酔ひとつとっても、麻酔のアレルギーだとか、脊髄損傷とか、話で聞く分には怖いことがたくさんある。けれど、医療現場でたくさんの経験をつんできた先生方にはそれなりの危険回避方法や対処法があるので、最後には「大丈夫です!」と、胸をはってくださる。それが、患者としては心強いことこの上ない。その後、腸をからっぽにするために浣腸を2回。私、浣腸って生まれてこの方したことがなかったなあ。その昔、パリの友達に「快便教っていう宗教作りなよ!」と言われたほど、便秘とは縁がない私。看護婦さんに大きな浣腸液を注入してもらい、「なるべくがまんしてください。」といわれたものの、すぐに「無理です!やばいです!」とトイレに駆け込む。医療というよりも、まるでSMプレイみたいだわ…と思っているあたり、まだ余裕があるのか?ハテ。夜、ものすごくおなかが空く。そして、のども渇く。飴をこっそり食べていたら、「飴もダメですよ!」と叱られた。えへ、わかってたんだけど、知らないふりしちゃった。まくらがかわると眠れない性質なので、睡眠薬をもらって就寝。

08.08.04(晴れ)

今日の入院前パワーフードは納豆チャーハン。一度作ってみなはれ。とっても美味しいから。★

ピキ、明日からいい子にお留守番するんだよ。「・・・にゃー・・・」★
朝方数時間寝て、起床。明日から入院してしまうので、今日中にやっておかねばならないもろもろの用事や手続きを、一気にやりこなす。本来ならば、手術にそなえてゆっくりして体調を整えて…といったところなんでしょうが、そんな余裕なぞないのが現実。それでも、仕事はあらかた終わったので、気持ちはずいぶんと軽い。結局夜遅くまでばたばたと事務仕事をして、真夜中の日本橋郵便局に荷物や郵便物を出しに行き(日本橋郵便局は24時まで郵便物を受け付けてくれるのです)床に入った頃には、丑三つ時を回っていた。

08.08.03(晴れ)

今日の写真を撮り忘れたので、代わりに、去年スタッフゆうこりんが富士山登山した際の写真をどうぞ!って食べてるシーンっていうだけで、ぜんぜん関係ないけど。(笑)★
パーティーから一夜明けて、8月3日。ああ、もう8月なんだな。昼頃、昨日の機材を発行人のゴトウさんが車で届けてくれて、イヴェントは完全終了した。力を振り絞ってのライブ翌日は、大抵へろへろになってしまうもので、今日もやはりへろへろ。家に買い置いてあったレトルトのうなぎをうな丼にしてパワーをつける。明日締め切りの原稿が待っているので、へろっている場合じゃないのだ。午後、早速作業に取り掛かる。夜、スタッフゆうこりん共々、浅草の焼肉点‘本とさや’に行き、がっつりお肉を食べる。昼がうなぎで夜が焼肉ってカロリー取りすぎじゃないですか?いやいや、明後日から手術後数日間、断食状態になるので、しっかりとパワーをつけておかないと。家に戻って作業を再び開始。朝、6時にUP。ああ、これでなんとか入院前の大きな作業はすべて終わったなあ。

08.08.02(晴れ)

吉田さんと、ニャー!!この人、もんのすごい色男なのに、こうゆうことやっちゃうところがス・テ・キ。★

お客様が続々と来店。そしておいしいお料理を堪能。★

Bonzour Japon発行人、ゴトウヒロシ氏と編集長猫沢から、ご挨拶でイヴェントは幕をあけました。★

猫沢ライブ。いやー、盛り上がった!★

マイア・バルーちゃんのライブ。素晴らしい音楽性、演奏・歌唱力。そして、ノリがやっぱりラテン人!★

盛り上がってます!って一番楽しんでいるのは、もしかして私??★

バカナルさんが‘BONZOUR’ロゴのグジェールを作ってくださいました。グジェールは、ブルゴーニュ地方のスペシャリテで、白ワインなどに合う軽いシュー生地のおつまみ。★

本日、いよいよBonzour Japon一周年記念パーティー。昼前に起きて、やってきたスタッフゆうこりんと共に、機材のチェックと持って行くものをそろえる。先に機材を車で運んでもらい、私たちは電車で今日の会場、AUX BACCHANALESさんのある永田町へ向かう。しかし暑い…!夏の祭りで寒かったら様にならんでしょうとは思うが、ここまでやってくるお客さんのことを考えると、この暑さ、なかなか申し訳ないキモチ。バカナルさんに到着すると、相変わらずノリのいいギャルソン軍団、その中でもとりわけ盛り上げ隊長のムッシュ・吉田が、店内中に猫のお面を作ってデコレーションしてくれている。この手作り感!このイヴェントを楽しもうとする心意気が大好き。しかも、お金をかけるとかそうゆうことじゃなくて、基本が‘家でやる、誕生会’精神なのがいい。私はすでに38歳だけど、未だに誰かの誕生会を家でやるときには、写真を切り抜いた飾りだの、折り紙をわっかにしてつないだやつだので、部屋を飾る。子供の頃の純粋な‘めでたい!’というわくわく感は、死ぬまで失いたくないものだと思う。さて、今日は準備の時間がとても短い。会場設置予定時間の17時をまわると各自準備におおわらわとなる。DJ機材のトラブルが続出して、自分の準備の甘さがすぐさま露呈する。他にも至らない点がたくさん出てきてしまい、頭をかかえるも、反省している場合じゃない。なんとかしないと。とはいえ、ライブもしなければいけない身で、結局は周りのスタッフさんや出演者の方々の多大な協力で乗り切った。ここは肝に命じて、後で反省点をきっちりあげ、次のイヴェントの改善点にしないと。会場時間になって、続々とお客様がご来場。今回は、バカナルさんの美味しいお料理付ということで、ビュッフェスタイルのお食事をまずは楽しんでもらう。イヴェントが時間通りにスタート。Bonzour Japonの連載陣のひとり、梶野彰一くんのDJでいい音楽が流れ、マイアちゃんと私の‘フランス・ニッポン文化比較論’トークショー、その後、猫沢バンドライブ、そしてマイアちゃんバンドライブと進んで行く。お客様にはとても楽しんでいただけたようで、一安心。ライブ後、日本在住のフランス人イヴェンターが「まるで、パリのライブに遊びにきているようだったよ!」と、絶賛してくれてとても嬉しかった。私たちが目指したのは、まさにこうゆう雰囲気のものだったから。とにかく、いろんな方の協力の末、パーティーは大成功!だったが、裏方の側面では、反省点がとても多いイヴェントであったのは、確か。家に戻ってからも、個人的に非常に情けない気持ちでさっそく至らない点をメモした。忘れないうちに、はっきりと記憶しておきたかったのだ。それでも、Bonzour Japonのスタッフ、バカナルさんスタッフ、そして出演してくれた梶野くんやマイヤちゃん、本当にがんばってくれて感謝の言葉もない。次回はさらに良いイヴェントにしたいと思いますので、今回、来られなかった方々も、ぜひ次回はお越しくださいね!

08.08.01(晴れ)

ママー、遊んでニャ。ごめんよー、最近忙しくてかまってあげてないもんね。★
Bonzour Japon一周年記念パーティーを明日に控え、朝からばたばたのばったばた。電話とメール、スカイプなどあらゆる通信機器をとっかえひっかえしつつ、明日の機材の準備などを急ピッチで進める。いやもう、前日にこんなことをやっていること事態がよろしくないのは十分わかっているのだけど、今回ばかりはどうしようもなかった。どうしようもなくとも、明日を成功させねばならないわけで、できることを一生懸命やるしかない。終日ばたばたし通しで、結局作業を終えて、寝たのが夜中3時すぎ。あんたは裏方でもあるけれど、楽器でもあるのだから、ちゃんと寝ることも仕事ですよ。と、自分をすばやく寝かしつける。